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「勉学にちゃんと励んでいるの?」
カレン様はウィルを優しく見つめながらそう言った。
良き王妃であり、良き母であったことがこの数秒間で分かる。ウィルおじさんは黙ったまま返答に困っている。
花柄の刺繍の入ったカレン様のドレスの端をギュッと小さな手で握りしめている。
……やっぱり勉強が嫌で逃げ出してきたのね。
けど、おじい様もカレン様もそんなウィルおじさんを責める様子は一切ない。
傍から見れば甘いって思われるのかもしれないのだろうけれど、きっとウィルおじさんはとても優秀な人材だったのだろう。勉強が嫌で抜け出していても、人並外れた能力がある。
そう思うと、私はきっと普通の女の子だ。
ただ、多少魔力が使えて、運動神経が少し良かっただけ。そこに日々の鍛錬を積み重ねただけだ。人と同じぐらいだから、天才に近付くには誰よりも努力をしなければならない。
……というか、それって努力っていうのかしら。
なりたい自分になりたいだけだもの。当たり前のこと。その過程がなければ、私は自分の理想に近付けない。
そんなことを幼きウィルおじさんを見つめながら思った。
「少しは息抜きも必要ですから」
おじい様がそう言うと、ウィルおじさんは安堵の表情を浮かべた。
「心に余裕がないと、柔軟な考えも出来なくなるものね」
「おっしゃる通りです」
「……けど、僕やっぱり勉強に戻るよ」
ウィルおじさんが小さな声でそう呟いた。
「どうしたの?」と、不思議そうにカレン様は首を傾げた。おじい様も驚いた表情でウィルおじさんを見つめている。
「だって、僕、賢くなって母様や皆を守りたいんだ」
一点の曇りもない空色の美しい瞳に釘付けになった。
こんな強くて優しい意志を持った子どもなんていないわよ。流石ウィルおじさん、とか言わざるを得ない。
なによりもこの小さな男の子が、これから絶望に陥ることになるのだと思うと胸が痛い。
今さら遅いが、ウィルおじさんを見つめながら私は必死に祈った。
どうか、どうかこの小さな少年を守って下さい。彼を守ってくれる人が、彼に寄り添ってくれる人がいますように、と。
魔法が使えなくなって、両目がなくなり、王宮から追放されたとしても、それでも生きてくれていたウィルおじさんに私は心から感謝した。
ウィルおじさんが生きることを諦めなかったおかげで、私はあの日、貧困村で出会えたのだから。
……ウィルおじさんには一生かけても返しきれない恩がある。ここまで私を育ててくれた大切な家族だもの。
そのウィルおじさんと今本気で戦っているのが不思議だわ。……けど、戦わなければウィルおじさんの記憶を覗くこともなかった。
他人の記憶を見ているって変な気分だわ。私もいつか誰かに見られる日が来たりするのかしら。
「ウィルならきっと素晴らしい王様になれるわ」
そう言って微笑んだカレン様はとても美しかった。
おじい様が「これからが本当に楽しみです」と言葉を発したのと同時に場面が緩やかに変わっていった。