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「なんだこれは?」
ウィルおじさんは眉間に皺を寄せながら、じっと魔法陣を見つめた。
この魔法陣は、私が小屋に二年間閉じこもっている時に考え付いた。まさか使う日が来るとは思っていなかった。
その名も!! …………考えていなかったわ。今適当に付けようかしら。
「初めて見る魔法陣だ」
「綺麗な魔法陣でしょ?」
倒れながら私はにこやかに笑みを浮かべる。
これは、一番幸せな記憶と、一番辛い記憶を相手に見せることが出来るというとんでもない魔法陣だ。そうすることで敵の弱点を見抜ける。一つ面倒くさい点は、この魔法陣を仕掛けることはどこでも出来るが、実際に能力を発動させるのは私の至近距離に来てもらわないと出来ない。
これを使うのは少し気が引けたのだけれど、狡猾になる為には自分の心も犠牲にしなければならない。狡猾であるってきっとそういうことだと思う。
自分も傷つきながら、這い上がっていくしかないのだ。
「アリシアにはいつも驚かされるな」
ウィルおじさんがそう言った瞬間、私の魔法陣が輝き始めた。放たれたその光に思わず目を細めてしまう。
初めてこの魔法を使うから、どうなるのか分からない。私って、意外とギャンブラーなのかもしれない。
だって、この魔法が上手く発動しなければ、ウィリアムズ・アリシアはここで死んでいたのだもの。……運も実力のうちよね。
私は気付けば、ウィルおじさんの記憶の中に入っていた。
……ここは王宮?
見慣れたようでどこか違う王宮の中をぐるりと一周見渡した。
ウィルおじさんの昔の記憶……ってことは、目をくり抜かれるってこと? ……見たくないけれど、それがこの魔法の特徴だものね。
「母様!」と、廊下の奥の方から明るい少年の声が聞こえた。目を輝かせながら、一人の男の子が走って来る。
淡い水色の髪と透き通ったビー玉のような空色の瞳に釘付けになる。身長は私より随分と低く、とても幼く見えた。五歳ぐらい……?
それにしても、なんて可愛らしいのかしら! この子が本当にあのウィルおじさん?
あまりにも可愛すぎるわ……。
というか、この顔は、将来有望すぎる。流石王家。眩しさが一般人とは違うわ。
少年が走っていく方へと視線を向ける。そこには一人の美しく貫禄のある女性が立っていた。
その女性は、ウィルおじさんを見るなり、「ウィル」と、フッと柔らかな笑みを浮かべた。一瞬で彼女がウィルおじさんの母親であることを理解した。
「ウィル様、カレン様を困らせないで下さい」
ウィルおじさんの後ろから、落ち着いた様子で誰か歩いて来た。若々しい美青年に私は目を瞠った。
……あれって、おじい様よね?
黒髪といい、紫色の瞳といい……、イケメン! 流石私のおじい様だわ。
確か、幼い頃はおじい様たちがウィルおじさんの面倒を見ていたのよね。……おじい様みたいな方たちが家庭教師って、普通の人なら逃げ出しているわよね。
ウィルおじさんも、もしかして逃げ出してきたのかしら?
「王妃様」と、おじい様は頭を下げた。
「王妃って呼び方はやめて頂戴って言ったでしょ」
駆け寄って来たウィルおじさんを抱きしめながら、ウィルおじさんのお母様は少し不服そうな表情を浮かべながらそう言った。
「はい、カレン様」
おじい様がそう言い直すと、彼女はニコッと満足そうに口角を上げた。
……これが、ウィルおじさんの幸せな記憶?