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まさかウィルおじさんと戦うことになるなんて思いもしなかった。
私は深く息を吸い、心を落ち着ける。花の甘くリラックスできる香りを感じる。
どんな状況でも決して慌てないのが私の理想の悪女。絶体絶命だとしても余裕の笑みを浮かべるのよ。
「良い顔つきになったのう」
ウィルおじさんは子どもの成長を喜ぶようにそう言った。
最初に悪女になりたいって打ち明けた人物がウィルおじさんだった。
…………私は強くなったのよってウィルおじさんに証明してみせる。だからこそ、私は絶対に彼を倒さないといけない。
こんな風に魔法を使って誰かと勝負するのは初めてだわ。……ウィルおじさん相手なら最初から全力でいかないと。
大量の幾何学模様の透き通った黒い魔法陣を大量に浮かべる。私を守るように空高くまで魔法陣が連なっている。左右にもどんどん広がっていき、攻撃態勢をとる。
彼は自分に攻撃してくることを私がもっと躊躇うと思っていたのか、驚いた表情を浮かべた。
ウィルおじさん相手なら頭を使わないと勝てないと分かっているけれど、とりあえず最初から飛ばしていきたい。そうじゃないと、エンジンがかからないもの。
「これは……」
広がっていく魔法陣を見て、ウィルおじさんは目を丸くして固まった。
きっと、こんな風に魔法陣を大量に出せる令嬢なんて私ぐらいしかいないはず。それぐらい自分は特別であると自負している。……そう思いたいけれど、リズさんなら出来ちゃいそうな気もするのよね。
…………今はリズさんのことを考えるのはやめよう。
「アリシア、君は一体……」
「言ったでしょ? 私は最高の悪女になるって」
私はウィルおじさんを対戦相手と認識し、敬語をやめる。
悪女らしい笑みを浮かべる私をウィルおじさんはじっと見つめる。
今までの私の成果をどうか見てください、と目で彼に伝えた。それが通じたのか、ウィルおじさんも覚悟を決めた顔になる。
「久しぶりの魔法だ……。わしも最初から飛ばそうか」
ウィルおじさんはフッと目を細めて笑顔を浮かべた。その瞬間、その場に私と同じ数だけの魔法陣が宙に連なった。
淡い色の綺麗な魔法陣。彼の魔力を目の当たりにして、今度は私が驚く。
…………嘘でしょ。これを出すのにどれだけ魔力がいると思っているのよ。
本当に天才少年だったのね……。ウィルおじさんが魔力を失わなければ、どんな世界になっていたのかしら。
たらればの話なんて考えるだけ無駄だと分かっているけれど、それでも考えずにはいられなかった。
「怖気づいたか?」
「まさか。むしろ、これだけ強い相手と戦えるなんて幸せだわ」
「わしもアリシアと戦うことが出来て幸せだ」
ここに来てから、現実ではウィルおじさんが斑点病で瀕死状態にあることをすっかり忘れていた。
幻だということを頭の中のどこかでは分かっているはずなのに、信じられない。それぐらい目の前にいるウィルおじさんはリアルだった。