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シーナが去ってから、私は風の先から何が来るのかを待った。
これでもしジルが来たりしたら、私、戦えるのかしら……。もしそうなったら、私は死ぬかしら。
ジルを守るって約束したんだもの。戦えっこない。
薄っすらと霧が現れ、私は目を凝らして奥を見つめる。男性だということは分かった。
ゆっくりと私の方へと近づいて来る。私は反射的に身構えた。
いつどこから攻撃されるか分からない。相手は私を殺すつもりでいるのだもの。常に警戒をしておかないと。
「…………嘘でしょ」
目の前に現れた人物に対して、私は大きく目を見開く。
どうして…………。私はその場に固まったまま、瞬きも忘れて彼をじっと見つめた。
「ウィルおじさん」と微かに震えた声で呟いた。
久しぶりに見た懐かしい彼の姿に私は思わず駆け出して抱きつきたくなった。
その衝動をグッと堪える。
私の目に映っているウィルおじさんは元気そうだ。とても斑点病にかかっているとは思えない。……幻だから当たり前かもしれないけれど。
それでも元気なウィルおじさんの姿を見ることが出来て嬉しかった。
いつもと変わらない優しさと温かさが滲み出ている。左目にある黄金の瞳に呆然としている私の姿が映っていた。
「アリシア」と柔らかな声が耳に響く。
その声に思わず涙が出てきそうになった。私の背中をいつも押してくれた大切な人。
ウィルおじさんがいなければ私はここにいなかった。色んなことを沢山教えてくれた恩師でもあり、かけがえのない家族のような方だ。
…………そんな彼と戦えって言うの?
「わ、私、ウィルおじさんとは戦えませんわ」
戸惑いつつも私はそう言った。
その言葉にウィルおじさんは少し複雑な表情を浮かべる。
「わしを倒さなければ、ここから出られないぞ。そして、成長もしない」
「で、ですが……」
どうして運命はこうも残酷なのだろう。
私はここから出て、もっと強くなりたい。なりたい自分になるためには手段を選ばない。それが悪女だもの。
……でも、ウィルおじさん相手だと話は違う。
「私を殺すつもりで来なさい。それに、ここのわしは魔法が使えるようじゃ。手加減は無用だ」
「……天才と言われた方の魔法を受けることが出来るなんて光栄ですわ」
いつも通りの私でいようとなんとか強がって見せる。
ウィルおじさんが魔法を使えるなんて…………。私の理想だった。ずっと叶わない願いだと思っていたのに、この場所ではそれがあっさりと叶ってしまったのね。
ずっと彼に憧れていた。ウィルおじさんの豊富な知識、あっと驚くような知恵、物事をいつも俯瞰的に見る力、人並外れた聴力、何が起こっても冷静であり課題解決能力に長けている。
そして、悲惨な過去があるのに、それを感じさせない余裕さ。
…………きっとどこかで彼みたいになりたいと思っていた。
だから、私の対戦相手はウィルおじさんなのかしら……。それなら、ジル相手の方が良かったわ。彼なら簡単に諦められたもの。
けど、ウィルおじさん相手だと勝ちたいと思ってしまうのよね……。
「ウィルおじさんも手加減しないでくださいね」
私は口角を上げて、彼を真っすぐ見つめた。