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彼女のその表情からこの場所はとても大切な場所なんだということが分かる。
……この世界は本当に不思議なことばかりね。乙女ゲームの世界にいる気がしないもの。
この世界の一部の情報が前世いた世界の誰かの脳内に入って、乙女ゲームが作られたって考えたくなるぐらい、今私が生きている世界は複雑だ。
そんなことを考えていると、今にも地面に顔が付きそうだった。
死ぬっ! と悟った瞬間、体が宙に浮いたまま止まった。着地する前にギリギリのところで止まることなんてよくある設定だけど、まさか自分がそれを体験するなんて思ってもみなかった。
…………あっっっぶなかった。
お花畑に勢いよくキスしちゃうところだったわ。
チラッとシーナの方を横目で見ると、彼女は涼しい表情でお花に囲まれながら立っている。
「……どうして」
私がそう呟いた瞬間、そのままボトンッと地面に落ちた。
別に痛くないけど、どうして私だけこんなに着地がダサいのよ!
私はすぐさまその場に立ち上がり、シーナの方を睨む。彼女は私の睨みなんか少しも怖くないようでにこやかに笑みを浮かべた。
「アリシア様には、ここで鍛錬してもらいます」
「……こんなメルヘンチックな場所で?」
私は思わず首を傾げてしまう。
シーナの発言に驚き、着地の仕方が不格好だった恥ずかしさなど一瞬にして忘れてしまった。
この場所は鍛錬するって言うよりも憩いの場に思えるのだけど……。
澄んだ空気に、可愛らしい小さな花たち。更に、甘く眠くなるような香りを放っている。
私は落ちてきた空を見上げる。
鮮明に青く染まった雲一つない晴れた空。……本当にどういう仕組みになっているのかしら。
「相手は?」
「……それは私にも分かりません。」
「どういうこと?」
「人によって戦う相手が違うので」
…………なにそのワクワクドキドキな展開!
まさか本当に神様が空からやってくるとか?
私の目が輝き始めたのを察したシーナはフッと含みのある笑みを浮かべた。
「私の場合はクシャナでした」
一瞬彼女の言葉を理解出来なかった。
私は思考を停止させたまま「クシャナ?」とオウム返しをする。
「はい。……最も戦いたくて戦いたくない相手」
「それって、幻と戦うってこと?」
「少し違いますが、雑に言うとそういうことです。限りなくリアルに近い幻です。顔、体格、性格、能力さえも全て一緒です」
それって魔法? と聞こうと思ったがやめておいた。
今聞く質問じゃないような気がする。これから始まる鍛錬が終わった後に、いくらでも聞けるもの。
「クシャナは誰と戦ったの?」
「……それは私の口から言えません」
「そう。……もし、その対戦相手に勝てなかったらどうなるの?」
「死にます」
「え」と私は小さく声を漏らす。
「厳密にいえば、魂を吸い取られます」
シーナは冷静な口調でそう言った。
確かに戦いで負ければ死ぬのと同じ。けど、魂を取られるっていうのはよく分からない。
だって、誰に取られるのよ……。閻魔様?
「よく分からないけれど、今は何も教えてくれないのよね?」
「はい。終われば全て分かります」
温かい風がふわっと柔らかく吹き、私たちの髪の毛が緩やかに靡いた。私は風が来る方向を目を細めながら見つめた。
シーナは「時間です」と澄んだ声を発する。
時間って? と聞こうと彼女の方を振り向いた瞬間、シーナはもうその場所にはいなかった。
「ご武運を」
最後に、彼女のその言葉だけが耳に響いた。