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どれぐらい歩いたのか分からない。
かなり歩いたと思う。ずっと同じだった景色が少しずつ変わってきているように思えた。
全体的に少し明るくなり、地面には草が茂っている。湿気はなくなり、むしろ新鮮な空気を吸っているような感覚。
……既視感? キイと出会ったときのことを思い出すわ。
「ここです」
シーナはその場に立ち止まる。目の前は行き止まりだった。茶色い岩の壁が私たちと向かい合わせにあるだけだ。
……この壁を壊してくださいってこと??
鍛えてはいるけれど、私にそこまでの馬鹿力はないわよ。相当劣化した岩なら崩すことは出来るかもしれないけれど。
とりあえずやってみるしかないわ! 壁ぐらい崩壊させてやるわよ!
「分かったわ。破壊すればいいのよね?」
私はそう言って、壁に向かって飛び蹴りの準備をする。
「違います」とシーナに即答される。
え、と飛び蹴りの構えをした状態でシーナの方へと視線を向ける。
まさかここまで来て、行き止まりの場所に連れてこられるなんて……。
もしかして、道を間違えたとかかしら。
「アリシア様は変わって……、独特ですね」
せめて「面白いですね」って台詞があるでしょ。
私はシーナをジトッと睨む。そんな私と目を会わせながら、シーナはフッと目を細めて笑う。
「この壁を壊してもあるのは岩だけです。……なので、下に落ちましょう」
そう言って、彼女はコンコンっと靴の踵を軽く地面に二回叩きつけた。その瞬間、地面がガガガッと音を立てて開いた。
私たちはその場から落ちていく。最初の数秒間だけ凄いスピードで落下したが、少しするとゆるやかになった。驚いて言葉が出ない。
今、自分がどういう状況なのかさっぱり分からないわ。どうして、あんなことが起こるの?
床が開くような仕掛けになっている……、というよりかは、シーナが合図を出したように見えた。
落ちていく景色は、青空の中にいるみたいだった。雲があり、目の前には美しい澄んだ空が広がっている。
…………綺麗な場所。
まって、景色にうっとりしている場合じゃない! どうして床の下が空になんてなっているのよ。
私は穏やかな表情で一緒に落ちているシーナの方を見つめる。
なんて優雅な表情で落下してるの……。紅茶の入ったティーカップを持っていても不思議ではない。
「ねぇ、ここどこ!?」
悪女は常に冷静でいなければならないのに、衝撃が大きすぎてつい大きな声を出してしまう。
仕方がないわ。誰もこんなこと予想出来るはずないもの。
これでもまだ私は冷静な方だと思うわ。だって、ついさっきまで地上にいたのに、突然落ちたと思ったら空にいるんだもの。
……魔法としか考えられないのよね。
「すぐに分かります」
「…………というか、どうやって地面に着地するの?」
「大丈夫です」
シーナは私を安心させるような笑みを浮かべるが、私は少しも安心できない。
どうしてなんの情報も与えてくれないのよ……。このまま落下死だけは嫌よ。それなら、神様と戦って死にたいわ。
そんなことをぼんやりと考えていると、地上が見えてきた。
……一面のお花畑。
色とりどりのパステルカラーの小さな花たちが生き生きと咲いていた。遠く先まで全てが花に覆われている。
「なんて素敵なの」と思わず目の前の景色に釘付けになる。
女の子が喜びそうな場所ね。
可愛いがギュッと詰まっていて、乙女心を刺激する。こういうところで告白すれば八十パーセントぐらいは成功するんじゃないかって思う。
「さっきまでの場所とは大違いね」
「そうですか? 私にはあの薄暗い通路さえも素敵に思います」
シーナは私の言葉に静かにそう返した。