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母にそんな表情をさせてしまった自分を憎く思う。これ以上ここにいたら、自己嫌悪に陥ってしまいそうだった。
頭を冷やさないと……。
落ち着いて、冷静にならないと。感情的になった状態で母と接してはいけないわ。
マックスがここにいなくて良かった。こんな姉の姿、見せられないもの。
「ご、ごめんなさい。少し、一人になりたいわ」
私は逃げるようにして母の横を通り、倉庫から出た。
家の中で心を静められる場所なんてなく、私は裏の扉から家を出た。
人通りがない裏道。何も植えられていない花壇に腰を下ろす。
盛大にため息をつき、頭を抱えた。
…………私、どんどんダメになっていってしまっている気がする。
口では良いことばかり言ってきたのに、何も行動してこなかった付けが回ってきたのかしら。
「聖女だなんて名乗れないわね」
私は自嘲気味に独り言を呟く。
「やめたいかい? 聖女」
突然の声に固まってしまう。まさか誰かに聞かれているとは思わなかった。
声がする方に顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。
どうして、彼がここに……?
「カーティス?」
弱々しい声で彼の名前を呼んだ。
緑色の長い髪を珍しくハーフアップで結んでいる。いつもと違う雰囲気に一瞬誰だか分からなかった。
いつも適当に流している彼だけど、今はその思慮深い瞳で私を見据えていた。
全て見透かされているような気持ちになり、思わず目を逸らしてしまう。
「リズちゃん、元気ないね~」
一瞬でいつも通りの彼に戻った。明るくて緊張が解ける声。彼は笑顔で私の隣に座る。ふわっと落ち着く香りが漂う。
「そんな風に見えるかしら?」
私はフッと口角を上げて、カーティスの方を見る。彼は少し不思議そうに私を見つめたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「うん、なんか辛そうだったよ」
「少しだけ落ち込んでいたの。けど、もう大丈夫よ」
「そう? それならいいけど」
「……カーティスは誰にでも優しいわね」
言おうと思っていなかった言葉がつい出てしまった。
「八方美人が俺の特徴だからね~。それに俺はいつでも女の子の味方でいたいしね」
「女の子を口説く天才ね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
少し彼の言葉で元気になり、表情が和らぐ。カーティスの不思議な力だ。
カーティスは確かに八方美人かもしれないけれど、誰も彼を嫌ったり憎んだりしない。むしろそこを好きになってしまう。
穏やかな風が吹き、私達の頬を優しく撫でる。カーティスの緑色の髪がサラッと靡く。
髪、サラサラね。男性の中で一番美意識が高いんじゃないかしら……。
「久しぶりにね、家に帰ってきたの。けど、私の居場所はもうなかったんだ」
私は作り笑いを浮かべながらそう言った。
なぜか、私はカーティスに自分の話をし始めていた。黙って彼は私の話を聞いてくれていた。
誰でも良いわけではない。きっとカーティスだから話してしまったのだろう。
弟が養子として迎え入れられたこと、デュークのことを本気で好きだったこと、そして、アリシアちゃんに嫉妬して憧れていたこと。……叶わない恋を今もずっと思い続けていること。
支離滅裂になりながらも、全て話した。