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視界が段々と霞んでしまう。自分が泣きかけているのだと気づくのに少し時間がかかった。
どう足掻いても手に入れることの出来ない心。それをいつまでも追い続けるのは苦しかった。悔しくて、やるせない思いでいっぱいだった。
何やら熱いものがゆっくりととめどなく頬を伝う。
私は彼の過ちにもなれない。女として見られることは絶対にないのよ。
……デュークのたった一度の間違いにもなれない。
デュークは私の気持ちを早い段階で知っていたし、私は彼に告白もした。
見事に玉砕したけれど……。「友達のままでいたい」なんて、恋する乙女にどれほど残酷な言葉か分からないでしょ? デューク。
私はただ貴方に女として見てもらいたかった。
声を押し殺してひたすら泣き続ける。
一度溢れ出した思いを止めることはもう出来ない。この倉庫では私はただの女の子になれるの。今日だけはちゃんと失恋をさせて。
明日からまた学園でいつもの私に戻るから……。デュークには、いつもと変わらず明るい笑顔を向けるから。
「本当に……、ただ、私は……、ただデュークのことが、……大好きだったのよ」
嗚咽を上げながら、ひたすら涙を流す。
こんなに自分の気持ちを表に出したのは初めてだ。失恋したのだと初めて実感する。
最初から、あの二人の間に入る隙なんてなかった。けど、好きになっちゃったのよ……。
私だって、私のことを全く好きにならない男を想い続けるのをやめたかった。私のことを好いてくれる人を好きになりたかった。
けど、そんなにうまくいかないのよね。
理屈じゃ感情は変えられない。
誰かにこの想いを全部吐き出したくなった。このままこの気持ちを抱き続けるのは苦しくてしょうがない。
「リズ~?」
遠くから母の声が聞こえた。
ウソ! お母さんがこっちに来るの!?
私は急いで涙を拭う。目が赤くなっているのは隠せないけど、埃が入ったって言っとけばなんとかなるはず……。
私が少し声を整えながら「は~い」という前に、ガチャッと倉庫の扉が開いた。
私の顔を見るなり、お母さんは少し目を見開く。私は誤魔化すように笑みを浮かべた。
「リズ、大丈夫?」
母が眉を八の字にして心配そうに私を見つめる。
「大丈夫よ。どうかしたの?」
「……そう? それならいいけど。……マックスと果物屋さんに行こうと思うのだけど。お留守番頼んでも良いかしら?」
「もちろんよ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
ちゃんといつも通りの私で返答したはずなのに、お母さんはどこか戸惑っている。
「……リズも一緒に行きたかった? 疲れて帰って来てるのなら、家でゆっくりしたいかなって思ったの」
あ、私、お母さんに気を遣わせてしまっている……。
「ううん。私は大丈夫よ。遠慮しないで」
「本当?」
母のしつこさに少しイラっとしてしまう。今は一人にして欲しい。
「ええ、楽しんできて!」
「……リズも大切な家族なのよ。いつでも私達と一緒に」
「分かってるって!!」
無意識のうちに大声を出していた。空気が一瞬にして変わるのが分かる。
生まれて初めて家族に対して声を荒げてしまった。自分でもこんな風に言ってしまったことに驚く。
……どうしよう。私、お母さんになんてこと。
私は自分の口を右手で押えながら、ゆっくりと母の方を見つめる。
母の驚いた表情が視界に入る。その後、彼女の表情は切なさに覆われていった。