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マックスが悪いわけじゃない。本当に可愛らしい天使のような弟だと思う。
それなのに、このモヤッとした気持ちは何なのかしら……。
私は彼の遊び相手になりながら、自分の気持ちの正体を探る。
この気持ちは、アリシアちゃんにも感じたことがある……。恋愛とは別だけど、嫉妬だわ。
こんな小さな男の子に嫉妬するなんて姉として失格ね。
マックスの頭をゆっくり撫でながら、ふと魅惑の魔法のことを思い出した。
こんなことを思っていたら、また無自覚に魅惑の魔法を使ってしまうのかしら?
本当に私は魅惑の魔法を使っているなんて思っていなかった。自分を守るために無意識に魅惑の魔法を使っていただけ……、めちゃくちゃ最低じゃない、私。
…………それでも、魔法を使ってでも私はデュークに愛されたかった。
一番振り向いて欲しい相手が振り向いてくれなかったけど。それなら、魅惑の魔法なんて意味ないじゃない。
私は思わず苦笑してしまう。
「マックス、ごめんね。お姉ちゃん、用事思い出しちゃった」
少し弱々しい声でそう言って、私はマックスを囲いのあるベッドの上に乗せ、私はその場を離れた。
この家に自分の場所なんてもうない。けど、それでいいのよね。
私はこの家にもう戻ってくることはないのだから。
幼い頃いつもこっそり忍び込んでいた倉庫へと足を進める。ギギギッと音を立てて扉を開ける。
暫く使われていなかったのね。やっぱり、ここを使っていたのは私だけだったのかしら。
扉を開けて、小さな倉庫へと足を踏み入れる。
埃まみれだけど、昔と少しも変わっていないわ。
破れて読めなくなった本、使わなくなった食器、どこで買ったのか分からない安いアクセサリー、音のならなくなったオルゴール。
ガラクタばっかりがある場所。それでも、まだ幼かった私はここにあるものすべてが宝物だと思っていた。
「懐かしいわ」
思わず声が漏れる。
私はまた音を立てながら扉を完全に閉める。天井を見上げると、今にも落ちてきそうな電球がぶら下がっている。
壁高くに存在する正方形の窓から光が差し込んでくるおかげで、まだ電気をつける必要はない。
……ここはいつまでもこのままでいて欲しいわね。
埃まみれの棚に何か小さく光るものを見つけた。
あ、このガラス……。
ただのガラスの破片だけど、私にとっては特別なものだった。
光の魔法を初めて使った時、私の部屋の窓が割れた。あまりに魔力が強すぎたせいで、窓ガラスが耐えられなかったのよね……。
幸い怪我人は誰一人いなかった。
ガラスの破片をそっと触れながら、今までのことを思い出す。
私は今まで沢山の人に迷惑をかけた。一番はアリシアちゃん。
迷惑をかけたと分かっているけれど、また時が戻っても同じようなことをしてしまう気がする。
あの時の私はあれが精一杯だった。己の正義を押し通さないと、彼女に負けてしまいそうで……。最初からアリシアちゃんに勝てたことなんてないわね。
強いて言えば、魔力ぐらいかしら。
私は思わずフフッと自分の愚かさに嘲笑する。
「暴力のない平和な世界をつくりたい。……って言うだけなら本当に簡単よね」
本当に誰もが笑顔でいられるような世界をつくりたいと思った。
けど、現実はあまりにも厳しかった。貧困村の存在を知っても、あの場所へ行く勇気なんて、私にはなかった。
今なら行ける。けど、五年前の私は「聖女」という責任を負いきれてなかった。貧困村にただ恐怖を抱いていた。
いつか村人たちを助けたい、そう思っていたけれど、その「いつか」が来る前にアリシアちゃんが全て解決してしまった。
……本当にどこまでも敵わない。
平等、平和、笑顔、暴力が存在しない世界、それらを実現する為に私は私なりに考えてきた。けど、あまりにも現実から目を背けていたのかもしれないわね。
自分より五歳も年下の女の子に教えられるなんてね……。
デュークが彼女に惚れるのがよく分かるわ。
…………私も彼女みたいになりたかった。