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「悪女、ね……。お前の願いはなんだ?」
クシャナは私をまじまじと見る。
「その前に、どうして魔法の力が必要か教えて下さい。あと、どれくらいの期間必要としているのかも」
十年契約とかだったら困るもの。内容を先に聞いておきたい。
もちろん無理な要望だったとしても、断るなんて悔しいから絶対になんとかするけど……。それに今の私にはデューク様もいる。怖いものなしだわ。
「今はまだ言えない。ただ不可能なことを頼まないと誓おう」
私はそれ以上クシャナに何も聞けなかった。
彼女がまだ言わないと言っているのなら、今私がどれだけ追及したところで話してくれることはない。
「分かったわ」と小さな声で呟いた後、「貴女が身につけた武術を全て教えてほしい」と付け加えた。
その瞬間、その場の空気が少し変わった。民たちの目つきが一気に鋭くなり、表情は敵意と嫌悪で覆われている。
こんな風に見られるのはもう慣れている。デュルキス国で何年悪女をやってきたと思っているのよ。これぐらいの視線なんて痛くも痒くもないわ。
今の私は、秘伝の技も全て盗み取るのが私の役目よ。
嫌われてもいい。非難されてもいい。この森の民たちに泥棒扱いされて罵倒されてもいい。
どんな強敵が現れても、身近な者を守れるぐらい強い力がほしい。そのためになら、誰にどう思われようと使えると思ったものは全て使うわ。
クシャナは「へぇ」と口の端をクッと上げ、関心のある目を私に向ける。
「敵の陣地に乗り込んで、更に敵意を向けられるような発言をするか……。ご令嬢だったんだろう? 一体そんな度胸どこで手に入れたんだ」
「意志ある者は強いのよ。動機が不純でも良い、確固たる意志を持っていれば私はどこへでも行ける」
国外追放されて、この国の王子と仲良く冒険している私が言うんだもの。説得力はあるわ。
「お前は私に似ているな。…………相当難しいぞ? 私が習得した武術を全て身につけるのは」
クシャナと戦った時の彼女の動きを見ていて、どれくらい難しいかは嫌というぐらい分かる。
だけど、ここで引き返すわけにはいかない。
「覚悟はとっくに出来ているわ」
私がそう言うと、クシャナはシーナの方に視線を向ける。その視線だけで会話出来たのか、シーナはゆっくりと首を縦に振った。
「こちらへどうぞ」
歩き出したシーナに私はついて行く。クシャナは近くにいた従者たちと何か話しており、私達と一緒には来なかった。
そう言えば、デューク様たちはどこにいるのかしら。ヴィクターやレオン、ライも……。あの無敵集団たちのことだからそんなに心配しなくても良いと思うけれど。
「お仲間たちなら元気ですよ。別の場所で鍛えられています」
あら、いつの間に弟子になっていたの……。もう鍛錬し始めているってこと? 出遅れているじゃない、私!
……というか、シーナ、どうして私が考えていること分かるのかしら。そんなに私って表情に出やすい?
もっと表情を隠す練習をしていかないとだめね。
「そういえば、ここはなんていう場所なの?」
「名はありません。私たちは森の住民であり、クシャナは森の女王です」
「そうなのね……。シーナも動物と会話出来たりするの?」
「私にはそんな特別な能力はありません。女王だけです」
クシャナがいかに特別かということが理解出来た。
特別、なのは良いこと。だけど、それは時に人を苦しめ、苦労する人生を歩むことになる。
私は五大貴族の令嬢として教育されてきたから特別な立場であることに対して常に責任を持てた。けれど、リズさんは違う。
いきなりただの平民から「聖女」と言われて、皆が彼女に期待した。
常に純粋無垢な笑顔を浮かべていたけれど、精神的に苦しんでいたこともあったのかもしれないわね。……それでも、彼女はヒロインだから攻略対象たちが彼女を守ってくれる。
つまり、お兄様たちは精神安定剤みたいなものってことかしら?
私がぼんやりとそんなことを考えていると、目の前でいきなりシーナが足を止めた。