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交換条件ってこと?
もうこっちの望みは通っているってことは、クシャナは圧倒的有利な立場にいるわけじゃない。
お前の心臓がほしい、なんて言われたらどうしよう……。いや、でも私は悪女なのよ。簡単に心臓は渡さないわ。
私はそんなことを覚悟しながらクシャナの言葉を待った。
「アリシア、お前たちの魔力を借りたい」
…………それだけ?
真剣な面持ちで話しかけるクシャナに対して、思わず口が開いてしまった。
あのマディの対価が私たちの魔法でいいの?
確かにこの国では魔法は貴重だけど、私にしてみれば魔力があるのは当たり前のこと。勿論クシャナもそのことを知っているはずだ。
私は驚きを隠せずに言葉を発する。
「私やデューク様の魔法よりもマディ、じゃなくてシャティの方がよっぽど価値あるものじゃなかったの?」
「あれはただの花だ。他の植物よりも特殊な栄養分を持っているだけだ」
いや、確かにそうだけど!
あんなに必死に守っていた神の花をそんな風に言ってしまっていいの!?
この村の民たちよりも私が一番戸惑っていると思う。マディを取った張本人だけど、「本当にそれでいいの?」と言ってしまいそうになった。
クシャナが感情に流されず論理的に物事を考える人物だってことは把握できていたけれど、ここまであっさりしているなんて……。
「今、必要なのはお前たちの魔力なんだ」
クシャナの真剣な赤い瞳が私を捉える。私はチラッとシーナの方に目を向ける。クシャナがマディを手放したことに対して、シーナはどう思っているのだろう。
この後、猛烈に私やクシャナが責められることになっても後味が悪いわ。ある程度の承諾を得ておきたい。
「女王が決めたことだから良いのよ」
シーナは表情一つ崩さずに穏やかな口調でそう言った。
クシャナは本当に人望がある優秀な女王なのだと実感する。民たちの信頼を得るとはこういうことなのだと彼女を羨ましく思う。
クシャナに悪女の要素は少しもないけれど、聖女の要素も全然ない。森にある小さな国に君臨する女王。
皆が彼女に魅了される理由が分かる気がするわ。こんな人が身近にいたらついて行きたくなるもの。
「私で良ければ喜んで力になります」
私はクシャナに対してゆっくりと品のあるお辞儀をする。
ここでの私の価値と言えば魔法が使えることぐらい。その価値を利用されるのは別に嫌じゃない。けど、悪女としてただ利用されるだけっていうのは性に合わないわ。
私は頭を下げたまま、言葉を付け足す。
「ただ、私からも条件があります」
「もう望みは叶っただろう」
顔を上げると、クシャナは怪訝な表情を浮かべながら私を見つめていた。
「いえ、まだです。悪女は欲深いんですよ」
クシャナの圧など気にも留めず、私は口角を軽く上げて微笑んだ。