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「あいつも馬鹿な女だな」
立ち止るアリシアとデュークに気付き、遠くから二人の様子を見ていたヴィクターが口を開いた。雨が降り注ぐ中、ヴィクターとレオンは眉をひそめながらアリシアを見つめていた。
初めて見るアリシアの泣いている姿に動揺した。クシャナは表情を変えず、黙っている。
「俺はそんな馬鹿な主を尊敬してます」
「そうかよ。……あんな決断できるなんてガキっぽくねえ」
「ホッとしました?」
レオンの言葉にヴィクターは「あ?」と、更に眉間に皺を寄せる。
「主がまだもう少しラヴァール国にいると知って安心しましたか?」
「何だと?」
「俺は安心しましたよ。あのお方が去ってしまわなくて良かったと思っています」
冷静な様子で答えるレオンにヴィクターは何も言えなかった。
激しい雨の中に、アリシアの泣き声が響いた。レオンとヴィクターはそれぞれの思いを抱えながら、黙ってアリシアの様子を見守っていた。
「何があったのか分からないが、彼女を早く休ませた方が良い。なんせ神の花を摘んだんだ、今彼女が立って話していることが不思議だ」
クシャナの言葉にレオンが反応した。
「……主はどうして他人のためにここまで命を削れるんだろう」
「それが彼女の性なのだろう」
静かにクシャナの声が響いた。
それと同時に、ヴィクターはデュークの元へと近寄り声を出す。
「早く来い」
デュークは水滴が滴る青色の髪を掻き上げながら「ああ」と短く返事をして、アリシアを抱きかかえた。
アリシアは泣き疲れて眠ってしまったようだった。彼女の目の下は赤くなっており、顔は疲労感に覆われていた。
ヴィクターは、アリシアを抱くデュークにどこか心がモヤッとする。本来なら眠っているアリシアを抱いているのは自分のはずなのにと考えてしまう。
レオンはそんなヴィクターを見つめながらどこか彼を不憫に思った。
自分の気持ちに気付けないなんてガキなのはヴィクターじゃないのかとレオンは心の中で呟く。
少し重い空気の中、大股で歩くクシャナに全員ついて行く。沈黙を破ったのはヴィクターだった。
「なぁ、こいつは国外追放された身なんだろ? じゃあ、こいつを大切にしねえ奴がお前の国には沢山いるってことだろ」
彼の鋭く静かな声にデュークは何も答えることが出来ない。レオンは思わずデュークの表情へと視線を向けてしまった。
無表情で、ヴィクターの言葉に答える様子はない。そんなデュークに苛立ったのか、更にヴィクターは付け加える。
「こいつの価値が分かんねえ奴ばっかりがいるところより、この国にいた方がガキも幸せなんじゃねえか?」
「……アリシアをどうしたいんだ?」
デュークは冷静に質問を返した。ヴィクターは足を止め、真っ直ぐ射貫くようにデュークを見つめた。
雨がヴィクターの金髪の艶やかさをより強調させる。ヴィクターの王族としての威厳を立ち姿から感じられる。
こんな真剣な表情をしたヴィクターを見るのは初めてだとレオンは思わずその姿に釘付けになった。クシャナもその様子に気付き、歩くのをやめてヴィクターとデュークの方に目を向けた。
「俺が王になった時に隣にいて欲しい」
地面を打つ雨音が一瞬聞こえず、ただヴィクターの低く重みのある声だけがデュークの耳に響いた。