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……頭が真っ白になる。
今すぐデュルキス国へ戻りたかった。全てを放り出して、ウィルおじさんに会いに行きたい。……でも、今の私は他に抱えているものがある。
人は立場によって動くもの。私は、リオを助けることを約束したのよ。それを反故するわけにはいかない。
少しの間、クシャナの村で休息をとって、リオの元へ帰る。今の私は体力も魔力もろくにない。数時間だけでも何かを食べて体を休めないと、私が倒れてしまう。
リオとレオンを抱えている私が体調を崩すわけにはいかない。
強くなるために鍛えてもらうのは、ずっと先の話になりそうね。
ウィルおじさんのことを決して蔑ろにするわけじゃない。彼のことが心配でたまらない。けど、私は約束を破るような女になりたくはない。
「私は……、今は帰れません」
デューク様の双眸を真っすぐ見つめながら答えた。
きっと、私が自由奔放なヒロインなら、今すぐウィルおじさんの元へ走り出していたのかもしれない。大切な師との永遠の別れになるのだから。
リオやレオンのことは信頼できるデューク様やヴィクター、そしてヴィアンに任せて、デュルキス国へ向かっていた。
けど、これは私が担った役目。ラヴァール国でマディを採取してリオを助けるって決意した。責任を持たないと……。
立場は時に人を苦しめ、意図しない決断を下すことがある。デューク様はずっとこんな世界で生きているのよね。
今の私を作り上げたのは、ウィルおじさんだ。大好きな家族のような人。
デューク様はどこか苦しそうに眉をひそめながら、私を見つめている。私が泣くと思っているのかしら?
せめて、私は強くいたい。嘘でもいいから、デューク様に弱っているところを見せたくなかった。
私はフッと口の端を上げて、自嘲するように笑みを浮かべる。
「大切な人が亡くなるかもしれないのに、会いに行かないなんてまさに悪女よね?」
こんな悪女になりたいわけじゃなかった。
少し声が震えたけれど、必死にそれを隠すように表情を作る。さっきまで、快晴だったのに、いつの間にか空は雲で覆われ、ポツンポツンと水滴が顔に当たる。
雨が降ったことなど気にも留めず、私は何も言わないデューク様に更に言葉を付け加える。
「私を軽蔑すればいいじゃない。私に怒りなさいよ、最低な女だって!」
声が大きくなってしまう。
私は、ウィルおじさんに会いに行かないことを誰かに罰してもらいたかった。敬愛する人を失うことに動じない姿を見せる私を咎めてほしかった。
雨が強くなり、いつの間にか体がびしょ濡れになっている。
デューク様はそっと私の方へ近づき、力強く丁寧に私を抱きしめた。彼の優しさに触れると、心の何かが崩れてしまうような気がした。
「どうして? どうしてこんな女に優しくするの?」
「今にも泣きそうな顔してるだろ」
私の荒い声に、落ち着いたデューク様の声が重なる。
泣かないと決めたのに……。必死に涙を堪えていたのに……。
デューク様のせいで全て台無しだ。
ゆっくりと体の力が抜けていく。デューク様の前では心をさらけ出して、泣いても良い。
そう思った瞬間、とめどなく涙が流れた。
ウィルおじさん、会いたいわ。会って、沢山の感謝と愛を伝えたい。貴方のおかげで私はこんなにも成長出来たのだと見せたい。
貴方が教えてくれたことは私の最高の宝物なのだと伝えたい。
私の意思に関係なく、大粒の雫が頬を伝う。誰かを失うことがこんなにも辛くて、心が張り裂けそうになるなんて思わなかった。
子どものように泣きじゃくる私をデューク様は温かく抱きしめてくれた。ラヴァール国でデューク様と再会してから、彼の腕に頼ってばかりだ。
ジル、貴方は一人でこんな気持ちを抱えているの?
それなのに、この痛みに耐えながらウィルおじさんを救う為に治療薬を作ろうとしているの?
私は、ジルのことを想うと更に涙が溢れた。