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あ! 失念していた。
私達が襲われた理由って、マディを取ったからよね……。けど、回収されてしまうと、リオを助けられなくなってしまう。
あんなに頑張って手入れたんだもの。回収されるのは避けたい。
「お前たちは、何故シャティを欲しがる?」
沈黙を破ったのは、クシャナだった。
「斑点病を治すためよ。これ一つで大勢が救えるはず」
「……シャティは斑点病の治療薬となるのか」
クシャナは目を見開いて驚く。
きっと、マディがどういう薬になるのか知らなかったのだろう。クシャナは何も言わず落ちた赤い仮面を拾い上げた。
「俺の弟が斑点病にかかったんだ。唯一の肉親だ。なんとしても助けたい」
低く真剣な声でレオンが言葉を発する。
「だが、こちらも簡単にマディを渡すわけにはいかない。神の花なのだ」
オレンジ色の仮面をした男が丁寧な声でそう言った。初めて聞く声だ。
彼はゆっくりと仮面を外す。穏やかで優しそうな無精髭の生やした男性の顔が現れた。……彼からは、私達に対する敵意を全く感じない。
彼らのコミュニティの中では、マディはとても神聖なものなのだろう。
……ある日突然、お寺にある仏像が盗まれるような感覚かしら。
「とりあえず、私達の村へ戻ろう。そんなに警戒しなくても、何も害は与えないさ」
厳しい表情を浮かべるヴィクターにクシャナはそう言った。
少しの間だけなら、ということで私達はクシャナの後をついて行く。オレンジ色の仮面を被った者達はまだどこか不満そうだったが、女王の決断に文句は言わなかった。
クシャナは、ちゃんと人望があるんだ。……彼女の元で鍛えられるのは喜ばしいことだけど、先にリオにマディを届ける方が先だ。
彼女にどうやって交渉しよう。
私が悶々とそのことについて考えていると、後ろから「アリシア」と、デューク様に声を掛けられた。私は立ち止まり、彼の方を振り向く。
デューク様は眉をひそめながら、難しい表情をしていた。
「どうかしたのですか?」
「……アリシアには言っておいた方が良いと思って」
何か言いづらそうにしているデューク様を見つめながら、彼の口から出てくる言葉を静かに待った。
少し間があった後に、彼はゆっくりと話し始めた。
「叔父上が斑点病にかかっている。……治療薬を飲んだとしても、先は短い。それぐらい末期の状態だ。だから、ジルは治療薬を必死に作っている。……斑点病はリズの力を使っても治せない。それぐらい難しいものだ。マディに対して複製魔法をかけるのは難しいかもしれない」
淡々と話すデューク様の言葉が一言ずつ心に突き刺さる。
ウィルおじさんが、斑点病……? もう治らないの?
必死に立っている地盤が揺れるような気がした。今からする自分の判断が正しいのかも分からなくなる。
ウィルおじさんがいなくなるなんてことを想像したこともなかった。
「ジルは……、大丈夫、なんですか?」
何を言えばいいのか分からなくなり、私はジルの心境を気に掛ける。
彼は誰よりもウィルおじさんを愛している。親ともいえる存在をいきなり失うのは相当辛いだろう。
「……まだ小さな希望を抱きながらなんとか平静を装っている、というところかな」
ウィルおじさんがこの世から去るなんて受け入れられない。
ようやく世界が変化し始めたばっかりなのに……。
「リズさんでも助けられないなんて……、それじゃあ、なんの為に聖女なんて存在するのよ!」
荒ぶる私の声にデューク様は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
彼に言ってもしょうがないことなのに……。リズさんのせいじゃないと分かっているのに、八つ当たりをしてしまう。そして、そんな自分にもっと苛立ってしまう。