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私がナイフを突き付けていたことに気付き、赤い瞳が散瞳するのが分かった。
驚きつつも冷静に彼女は私をじっと見つめる。
『なるほど……。だが、そんな小さなナイフで私を殺せると? 私はお前を簡単に殺せるぞ。この状況だと圧倒的に不利なのはお前だ』
『……殺しても良いわよ。ただ、どうして私を殺したいのかだけ教えてくれる?』
私も彼女を見つめ返し、覚悟を決めた表情を浮かべる。
国外追放されて、他国の森で殺されるのも悪くないかもしれない……。まさに悪女っぽいわ。
『神の花を奪っただろ』
私は彼女の言葉に思わず首を少し傾げてしまう。
『……神の花?』
『崖に咲いていたオレンジ色の美しい花だ』
マディのことかしら? あれが神の花なの?
というか、いつから私達のことを監視していたのだろう。人に見られている感覚なんて全くなかった。
『シャティを返せば命だけは助けてやる』
シャティ? ……マディのことを彼女達はそう呼んでいるってこと?
マディよりもお洒落な発音ね。
『それは出来ないわ』
私の返答に彼女はピクッと眉を動かし、怪訝な表情を浮かべる。
『この女を殺すなら俺から殺せ。俺はこの国の王子、ハリスト・ヴィクターだ』
意地でも第二王子って言わないのね。
それにしても、まさかヴィクターがそんな台詞を吐くとは思わなかった。彼が自分の命を懸けて私を庇うなんて、どういう心情の変化?
私はただの駒のはずでしょ。
視線を彼らの方へゆっくり向ける。デューク様はヴィクターの発言に驚いたのか、少し目を丸くした後、ヴィクターを鋭い目で睨む。
『ほう、お前がこの国の王子か。私はこの森の女王、クシャナだ』
クシャナ……。珍しい名前ね。聞いたことがない。
「俺にも分かる言葉で話してくれませんか? てか、古語を話せるあんた達がおかしいんだよ。なんで俺がはみ出し者みたいな存在になってるんだよ。バケモンばっかかよ」
レオンが途中で会話に割り込んでくる。全く分からない言葉をずっと喋られて機嫌を損ねたのか、ぶつぶつと文句を発してる。
普通に会話してくれるのもいいのだけれど、そろそろ私の首を押し付けている鎌をどけてくれないかしら……。
「ああ、今思えば、お前たちは皆、古語を喋れるのだな……。何の不思議もなく会話していたが、異常な光景だった」
クシャナはそう言ってそっと彼らを見渡し、私の首から大きな鎌を離す。それと同時に私の首から血が滴る。
「そっちの青髪の男前は魔法を使えるのか……」
クシャナはデューク様の方をじろじろ見つめる。私は少しよろめきながらもその場に立ち上がる。
……どうして分かったの。デューク様は彼らの前で一度も魔法を使っていないはず。
私の気持ちを読み取ったのか、クシャナは説明を加えた。
「私の鎌を割ろうと魔法をかけただろ? この鎌は魔法なんかで割れやしない。特別な鎌だ」
クシャナはそう言って、大事そうに鎌を眺め優しく撫でる。
デューク様の魔法も敵わない鎌って凄すぎない?
「あの男前に随分と愛されているようだね」
クシャナは私の方へと視線を向ける。じろじろと見つめられ、私は思わず目を逸らしてしまう。
そう言えば、クシャナは女王だと言っていたけれど、この森ってラヴァール国からそんなに孤立しているの?
滅多なことがなければ足を踏み入れない森だとしても、そこで一つの大きなコミュニティが出来上がっていることに驚いた。
それに、クシャナは女王の割に若く見える。
「俺達がこの森に来たことはいつから分かっていた?」
ヴィクターがデューク様の話題から逸らすようにそう言った。
「熊から聞いたのさ。まさかあんた達がそんなに強いと思っていなかった。あの猪も倒しちまうとはな……」
クシャナの返答にヴィクターは顔を顰めた。
「は? お前は動物と会話出来るのかよ」
ああ、と別に隠すことなくクシャナは頷いた。