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マディ採取でほとんど体力を消耗してしまったから、身体が思ったように動かない。
『避けてばっかりだと、勝てないぞ?』
分かってるわよ!
さっきの私の蹴りで隙を一切見せなくなって、どこも攻めることが出来ない。
けど、こんなに鎌を振り回していれば、彼女も相当体力を使っているはず……。少しずつ鎌を振るスピードが落ちているような気がする。
それでも意気揚々と鎌を私に振りかざしてくる。一振り一振りが力強く洗練された動き。
強い……。彼女は紛れもなく本物だわ。
この森はきっと、彼女達の庭だ。相手が有利に決まっている。この不利な状況を何とか打破しないと……。
私と違って、高身長に、逞しい体。これを利用するしかない。私は逃げつつも彼女との距離を縮める。
彼女の懐に入ったのと同時に共に落ちていた小さな小枝を掴む。その瞬間、危機を感じたのか彼女は鎌を振るのを止めて、私の胸元を思い切り蹴飛ばした。
「カハッッ」
とんでもない力に私は見事に吹っ飛び、太い木の幹に背中を打ち付ける。
なんて女なのよ……。一体どんな鍛え方をしたらそんな強力な力を手に入れることが出来るかしら。
あまりに強く蹴られた衝撃のせいか、私は口の中を切り、唇からスーッと血が垂れてくる。
彼女は息を切らしながら、私の元へ近づいて来る。厳格で堂々とした雰囲気から、彼女への尊敬の念が生まれた。
敵なのにこんなことを思うなんて変かしら……。
もし同じ環境で生まれ育っていたら、良き友であり良き好敵手になれただろう。
『少しは楽しませてもらったぞ』
彼女は私の前に立ち、容赦なく大きな刃を振り下ろす。
「アリシア!」
デューク様の叫び声が聞こえた。
私はこんなところで殺されるような弱い女じゃない! 絶対に歴史に残る悪女になるって決めたんだから!
相手に弱さを見せない。どれだけ絶体絶命的な状況であろうとも勝つって表情をする。私は口の端を少し上げて、ニコッと微笑む。
その瞬間、身体を起こし、近くまでわざわざ来てくれた彼女の右足首を全力で蹴る。よろめく彼女のバランスを更に崩す為に、低い体勢から地面に両手をつき、彼女の顔にめがけて足を上げながら蹴りを入れる。
……命中!
彼女はその場に倒れそうになる。かなり強敵だったけれど、今回も私の勝ちかしら……。
「え」
私はバランスを崩し倒れる直前だった彼女の動きに思わず声を漏らした。その瞬間、私は地面に背中を突き、彼女の鎌が私の首に当たっている姿勢になっていた。
私の上にいる赤い瞳の女を見つめながら、私は自分の状況を理解する。
何が起こったの? あの状態からどうやって反撃に出たのか全く分からない。
彼女が、バケモノ級の体幹だということだけは把握出来た。
『最後まで油断しないことが大切だ』
彼女は私の目を真っすぐ見ながらそう呟いた。
静かな空間に彼女の澄んだ声が聞こえる。デューク様達の様子は分からないけれど、私を心配そうに見つめる視線だけは感じられた。
……デューク様たちはあの大人数を相手にたった三人で切り抜けたのね。
空気が張り詰めているのが肌で感じられる。
『私の勝ちだな』
彼女は私から目を離さず、更に鎌に力を込める。私の首が少し切れるのが分かる。血が流れる感覚、鉄っぽい匂い。
こんなにも不利な状況なのに、どこか余裕のある私に女は少し眉をひそめた。
『それはどうかしら?』
私は彼女の横腹に小型のナイフを突き付けていた。
さっき拾った小枝をなけなしの魔法で小型ナイフに変えていた。
巨大な鎌を振り回す敵を相手に、最後まで丸腰で戦うわけにはいかないもの。