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アリシアがデュークの腕の中で気持ちよさそうに眠っているのを確認してから、レオンは口を開いた。
「メルビン国の血が入っているんですか?」
デュークはレオンの言葉に反応して、彼に視線を向ける。妙な緊張感が漂ったが、互いに敵意がないことを確認した後、デュークは話し始めた。
「ああ。俺は行ったことはないが、母の故郷だ」
「母上って、アメリア様のことですか?」
デュークはレオンの口から母の名前が出てくるとは思っていなかったのか、思わず固まってしまう。レオンはその様子を察し、言葉を付け足す。
「アメリア様はメルビン国では人気者だったそうですから。貧民にも対等に接してくれる明るい方だったと祖父に聞きました」
「……そうか。微かな記憶しかないが、母は強い人だった」
レオンとデュークの会話を興味無さそうにヴィクターは黙って聞いていた。
「良い国か?」というデュークの言葉に対して、レオンは苦笑する。
「どうでしょうね」
レオンの曖昧な答えに対して、デュークはそれ以上言及しなかった。レオンは話題を変えようと思い、アリシアの方へと視線を向けた。
「王子様の想い人って、お姫様とは程遠いですよね。主が令嬢だなんて未だに信じられません。確かに気品はあるし、容姿端麗だけど……、俺の知っているお姫様じゃないっす」
「そこらの姫には決して敵わない最高の姫だけどな」
レオンの言葉にデュークはニヤッと笑みを浮かべ、優しくアリシアの髪を撫でる。
その様子にレオンは、なんて綺麗な二人なのだろうと思い釘付けになる。ヴィクターはどこか不機嫌そうに前を向いたまま、デュークとアリシアの様子を決して見ない。
「…………あ~、確かに主を超える女性なんてこの世に存在しなさそうです」
レオンは顔を綻ばせながら、優しい声でそう言った。
その瞬間、デュークとアリシアの方に向かって木々の間から固い何かが飛んできた。
「危ない!」とレオンの大きな声が森に響いた。
何かが飛んでくる音で反射的に目が覚め、デューク様の顔に当たる前に素手で掴んだ。
結構なスピードで飛んできていたのか、掌がジンジンと痛む。
……こういう時の為に鍛えていて良かったわ。
「いや、男前すぎ」と、レオンが心配の言葉より先に突っ込む。私はデューク様に怪我がないか確かめる。
「お怪我はないですか?」
「ああ、アリシアは? 手、大丈夫か?」
「はい、平気です」
そう答えて、私は手を開け、飛んできたものを確認する。
「……石?」
普通の石だわ。……え、どういうこと? この森は猿人でもいるのかしら?
ヴィクターは石が飛んできた方を警戒しながら見つめる。この森の全てを知る人間なんてどこにもいないのだということに改めて気づく。
きっと、死到林よりも生存率が低い森だと思うわ。だって、ここに関する情報がほとんどないのだもの。
「石を飛ばしてくるなんて、随分と野蛮だな」
殺気あるデューク様のその声に私はぶるっと背筋が凍った。