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ヴィクターとレオンの様子が気になり、彼らがいたところを見上げる。
……二人がいる気配がない。
「どうかしたのか?」
「……どうして私がここにいるって分かったのですか?」
私の質問に、デューク様は少し間をおいてから答えた。
「第一王子が教えてくれた」
「ヴィアンと会ったの!?」
驚きのあまり声が大きくなる。デューク様は「ああ」と何事もなかったかのように返事をする。
王子同士の対面ってそんな気楽に出来るものなの?
今まで閉鎖的な態度を見せていたデュルキス国の王子をラヴァール国が快く迎え入れるとは思えない。
……ヴィアンと一体どんな会話をしたのかしら。
というか、デューク様、ここに来て大丈夫なのかしら。勝手に来たことがバレれば、処罰は重い。
「心配するな」
私の考えを読み取ったのか、彼は優しく私の頭を撫でた。
デューク様の腹の内を探ることなんて出来ないのに、彼は簡単に私の心の中を見透かしてくる。
……やっぱりデューク様には敵わない。
「ジルやウィルおじさんたちは元気ですか?」
皆の近況が知りたくて、私はデューク様にそう聞いた。彼は、何を思ったのか分からないが、一瞬難しい表情を浮かべた。けど、すぐにフッと笑みを浮かべて話し始めた。
「元気だ。色んなことがあって、アルバート達に学園のことは任せているし、ジルはずっと熱心に研究している。貧困村はもうなくなって、伯父上は今王宮にいる」
随分ざっくり説明してくれたのだろうけど、情報量が多すぎる。
どうして、あのリズさんにぞっこんのお兄様達に学園を任せられることになったの?
貧困村がなくなったってどういうこと?
私の知らないところで、デュルキス国が大きく変化している。私はウィルおじさんを貧困村から出すことは出来なかった。それをデューク様はあっさり解決した。
ああ、私がデューク様に勝てる日なんてくるのかしら。
……デュルキス国に関して不明瞭なことがいっぱいだけど、帰国したら全て分かるわよね。
「えっと、ジルはなんの研究をしているのですか?」
私は一番答えやすそうなことをデューク様に聞いた。デューク様は少し言いにくそうに答えた。
「もうほとんど終わったが、マディの研究だ」
「マディ? ……どうしてマディを?」
「実は」
デューク様が何か言いかけた瞬間、後ろから大きな声が聞こえた。
「ガキ! 無事か!?」
「主! 大丈夫ですか?」
私はその声に振り向く。馬に乗ったヴィクターとレオン、そして、その隣にライの姿が見えた。
あの巨大な猪と戦ったせいなのか、服は少し汚れていて、レオンの頬にかすり傷が新しく出来ている。
……あの猪と戦って、これだけで済むって本当に二人とも超人ね。
「大丈夫よ」
目の前に現れる二人に向かって、私は笑顔を浮かべ、彼らを安心させる。彼らは急いで馬から降り、私の方へと駆けつけてきてくれる。
……こんなに心配してくれるなんて嬉しいわね。
ヴィクターは私の顔へと手を伸ばし、私に傷がないか確かめようとした瞬間だった。後にグッと引っ張られる。
「触るな」
デューク様の声が耳元で聞こえる。
いつの間にかデューク様の片腕が私の肩を掴んでおり、後ろから抱かれた状態になっている。ヴィクターは鋭い目をデューク様に向け、二人は睨みあっている。
……え、え? 何!?
私がまだ状況を判断できない中、ヴィクターとデューク様は会話をする。
「あ? お前誰だよ」
「さっき会っただろ」
「……このガキがそんなに好きなのかよ」
ヴィクターはデューク様を馬鹿にするように鼻で笑う。
「ああ。何よりも大切な女だ」
恥ずかしがらずに即答するデューク様にヴィクターは声を荒げた。
「は!? こいつを女として見る人間なんかいたのかよ。物好きだな」
もうヴィクターが困っていても助けてなんかやらないわよ。
私は軽くヴィクターを睨む。レオンは少し驚きながらも今の状況を理解しようと黙って私達の様子を見ていた。
……そういえば、さっき肝心なことをデューク様から聞けなかったような。なんだったかしら。