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私達は慎重に岩に足をかけて、上へと登っていく。気を緩めることを許されない状況。集中力と体力がどこまで続くかが勝負だ。
王子の後に私が続き、その後に、レオン。
手汗で滑らないようにしっかりと岩を掴む。緊張すればするほど、手汗が出てくる。
……出来るだけ心を落ち着かせないと。
「ここは一気に行け」
ヴィクターはそう言って、素早い動きで岩を軽く蹴って数メートル先まで登る。途中に掴む場所がないのだろう。全く無駄のない動きに感心してしまう。
先導してくれるのがヴィクターで良かったわ。運動神経は並外れているもの。
私の身長だと、もっと強く蹴らないと上には行けない。より気持ちを引き締める。
さっき、ヴィクターが踏んだ岩をたどればいいだけ。それに従えば大丈夫よ。
自分にそう言い聞かせて、一歩踏み出した。思ったよりも一つ上の岩に行くのには脚力が必要だった。私は流れに従って、次の岩へと跳ぶように移動する。
少しの遅れが命取りになる。私は最後の岩を思い切り蹴って、頭より一メートルぐらい上の岩を掴み、岩と岩との間に足を引っかける。
その瞬間、ずるッと足が滑ってしまう。咄嗟に指先に力を込めて、なんとか耐える。心臓の鼓動が一気に早くなる。
「おい! 大丈夫か?」
「大丈夫ですか!?」
ヴィクターとレオンの言葉が同時に聞こえる。私は心を静めながら、しっかりと足を少し出っ張っている岩の上に置いた。
強張った表情のまま、「大丈夫よ」と答える。安堵のため息を漏らす。
……危なかったわ。三途の川が一瞬見えたもの。
未だに心臓の音がうるさい。私はゆっくりと視線を下ろす。こういう時は、下を見ない方が良いって言うけれど、気になってしまう。
かなり上へと来たことを実感する。二頭の馬とライはとても小さく見えた。
私、ラヴァール国に来てから冒険者みたいなことしかしていないわね。自分で本当にデュルキス国で令嬢だったのか怪しく思えてきたわ。
そんなことを思いながら、私はヴィクターの後に続く。レオンは軽やかな動きでさっきの難関な場所を乗り越えている。
これだけの動きを出来るって、流石暗殺者だっただけのことはあるわね。
「男女の差ってやっぱりあるものよね」
「言い訳か?」
私の呟きにヴィクターが反応する。
「違うわよ。ただ……」
言葉に詰まる。
体力や体格に男女で差があるのは確かに事実だけど、今言うと言い訳にしか聞こえない。レオンが私より平然と動けていることに悔しさを無意識に感じていたのかもしれない。
「もしここでお前が死んでも、それは実力不足だ」
ヴィクターに図星を突かれて、何も言い返せなかった。分かっていることを言われるのが一番腹が立つ。
私はまだまだ未熟でもっと成長しないといけないことを改めて自覚する。
……絶対に見返してやるんだから!
「女性への配慮が引くぐらいないですね。レディへの扱い方を教育されなかったんですか?」
レオンの冷たい声。
……レオン、ヴィクターは私を女と思ってないのよ。というか、ヴィクターが誰かに対して優しく甘い態度で接しているのが想像出来ない。
「じゃあ、お前はこいつをレディとして扱うことが出来るのかよ」
はい、とレオンは即答した。
「暗殺者になる為に、完璧に学びました」
「そっちかよ」
私の代わりにヴィクターが突っ込んでくれた。
「そんなのただの嘘じゃねえか」
ヴィクターは呆れた様子で付け足す。レオンはヴィクターの言葉に少し機嫌を損ねたのか、眉間に皺を寄せて答える。
「嘘でも、傷つけるよりかは良いです」
でも、その後に殺しちゃうのなら意味ないんじゃない……?
私は声に出さず、心の中でそう呟いた。




