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「あ、それとこの魔法、後数分で解けるわよ」
私のその一言でレオンもヴィクターも固まる。二人して「え」と声を出す。
「それを早く言え!」
王子は強い口調で私に怒鳴り、そのまま馬を走らせる。私達も彼の後について行く。ライはライオンの割に持久力がある。
まぁ、この森に来るまでそんなにスピード出していなかったっていうのもあるのだろうけど……。
熊は私達に置いて行かれたことに少し戸惑っていたが、今は構っている暇はない。後少ししたら自由になるから、安心して。
「こっちの方向であってるんですか?」
「俺が間違ってるわけないだろ」
レオンの心配をヴィクターは一蹴する。レオンは私の方へと視線を向ける。
「王子の勘は動物より鋭いから大丈夫だと思うわよ」
「何気にさっきからずっと貶してますよね」
「あら、そんなつもりはないわ」
「こいつが俺を尊敬しているわけないだろ」
王子が私達の会話に割り込んでくるが、馬の足音が大きくて、声が聞こえにくい。
足場の悪い場所を走るのは体全体が揺れて、色々な筋肉を使う。ライはかなり安定しているけど、それでも、視界がぐらつく。
……動物の動体視力って凄いわよね。周りのことを察知する能力に人間より長けている理由がよく分かる。
「もうそろそろ大丈夫だろ」
王子は馬の走る速度を少し緩める。熊から逃げてきたけれど、ここに来るまでに沢山の危険な虫や動物を見かけた。この森は死致林と違って生き物が多い。
じっとしているのが一番危ないわね。早く崖まで登らないと……。
私とレオンは黙って王子の後をついて行く。
どこからか聞いたことのない鳴き声が聞こえてくる。その不気味な音が私達の恐怖心をより膨らませる。
未知の場所を歩むのって案外勇気いるわよね。迷子になっても一人で戦うしかないもの。……貧困村に初めて行った時もこんな緊張感だったわ。
ヴィクターが突然、馬を止める。目の前は岩の壁。これ以上進めない。
「この上だ」
ヴィクターの声が静かに響く。私は首を上げて、その壁を眺めた。
こんなに高いとは思っていなかったわ。途中で休憩できる場所もなさそうだし、体力勝負になりそうだわ。
「落ちたら終わりですね」
レオンの言葉に私は頷く。
……本当に、昔学園で習ったマディを取りにくることになったのね。なんだか不思議な感覚だわ。あの時は、ラヴァール国に行くなんて想像出来なかったもの。
「こいつらをここに置いて、登るしかないな」
ヴィクターは馬から降りて、早速登る準備をし始める。
命綱も付けないで行くなんて、本当に死にに行っているようなものよね。……私がいなくなったら、この世界は少し変わるのかしら。
「怖気づいたか?」
私の不安を察したのか、ヴィクターは口の端を上げて私を見ている。
弱気な姿を見せまいと私は「まさか」と笑みを浮かべた。
「……本当に可愛げのない女だな」
「怖がって欲しかった?」
「いや、むしろこんな状況で強がっていられるなんて、すげえ女だよ」
素直にヴィクターに褒められて、少し反応に困ってしまう。
ヴィクターといるといつも死ぬ覚悟で何かに挑んでいる気がするわ。
前回の遠征もそうだった。
……死致林って名前なんだもの。観光でも行こうだなんて思わない。
「お前は?」
ヴィクターはレオンの方に視線を向ける。レオンは怯える様子もなく冷静に答える。
「死にかけることは日常なので」
なんてパワーワードなのかしら。十四歳の台詞とは思えないわ。




