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「時間が解決してくれるよ」
これが僕の本心だった。
確かに僕達は国民の不安を煽るようなことをしたのかもしれない。けど、貧困村の人間が何か悪さをすれば、責任を取るという覚悟が僕にもデュークにもある。
そして、ネイトやレベッカもいる。絶対に罪なき人間を傷つけたりしない。それだけはきっと誰よりも強い。だって、僕らが罪なき人間なのに傷つけられてきたから。
その痛みを誰よりも理解している。
「……まぁ、それもそうだな」
そう言って、僕はポールから三種の植物が入った紙袋を受け取る。少し鼻がツンとする匂いがした。
この刺激臭……、トルキスかな。
「そんなに具合が悪いのか?」
ポールが興味無さそうに僕にそう聞いた。突然の質問に驚いた。
もう僕と会話したくないと思っていたのに……。
僕はじっちゃんのことを思い浮かべながら「まあね」と弱々しい声で答える。
ずっと信じたくなかったけど、現実は僕が薬を開発出来たところで、進行を遅らせることぐらいしかできない。あんなに進行してしまった斑点病を治すことは難しい。
急に自信を無くした僕を慰めようと思ったのか、ポールが口を開いた。
「助かるといいな」
その声は穏やかで優しいものだった。
「ありがとう。……あ、代金」
「いらないよ。貧乏人からお金なんて取りたくないしな」
棘があるように聞こえるが、ポールは今の僕にお金があることを知っている。僕は五大貴族のウィリアムズ家に世話になっているのだから。
ポールはお金が好きだ。だから、情報屋もしている。
……これは彼の善意だろう。
僕は握りしめた紙袋を見つめる。
「借りが出来たね」
「返さなくていい。早く行け」
ぶっきらぼうにそう言うポールに僕はもう一度お礼を言って、その場を去った。
馬車に乗り、急いで家に帰る。馬車の中にいる間、すぐに研究に取り掛かりたくて落ち着かなかった。
何故かいつもより馬車の進むスピードを遅く感じる。
今、焦っても意味ない。自分にそう言い聞かせて、ぼんやりと窓の外を眺める。
美しく咲き誇るお花畑が見えた。太陽に照らされて、輝くその花は黄金に見えた。緩やかな風に吹かれて、花が一斉にふわっと揺れる。
「アリシア、綺麗だね」
そう言った後に、ハッと気づく。
彼女が去ってから暫く経つのに、未だに隣にアリシアがいると思ってしまう。ふとした時に孤独感に襲われることがある。
僕は自分の両親を知らない。けど、家族と同じようなぬくもりを与えてくれたのはじっちゃんとアリシアだ。この二人がいなくなったら、僕はもう二度と立ち直れないかもしれない。
もう十二歳なんだから、もっと大人にならないといけないのかもしれない。けど、心に嘘は付けない。気丈に振舞うけど、心のどこかではずっと寂しいと思う自分がいる。
アリシアからの手紙が来ることもない。絶対に生きているって分かっているのに、連絡が何一つないから、不安という感情に胸が苦しくなる。
この世界のどこにいても誰とでも連絡をとることが出来る装置があればいのに……。そんなあり得ない馬鹿げたことを願う。
アリシアの瞳の色をした花を眺めながら、誰にも聞かれることのない独り言を呟いた。
「ねぇ、アリシア、君は今どんな景色を見てるの?」