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次の日、学校の掲示板に一枚の紙が張り出された。
爽やかな風が吹く気持ちの良い朝。大勢の生徒達が掲示板に群がっている。
校則を変更することは法律を変更することより随分と楽だ。……それでも、仕事が早すぎる。流石デュークだな。
もう校長先生と話し合いをしたんだ。てか、僕、まだ校長先生を見たことないんだよね。どんな人なんだろう。
僕の隣で、ヘンリが呟く。
「過去一でおかしな名前の校則が出来上がったな」
僕らは、遠くから掲示板の様子を眺める。皆が騒いでいるのがよく分かる。
掲示板に書かれた内容は簡潔に言うと、ほとんど昨日決めた通りのものだ。
ウィリアムズ・アリシア派とキャザー・リズ派の暴力的争いを禁じる。破ったものは、唇を縫い合わせ停学処分とする。……なんかちょっと馬鹿げているけど、これで学校に平和が訪れるのならいいか。
リズ信者達は顔を真っ青にして、その場から立ち去る。
今更逃げるのか、と僕は心の底から呆れる。傷つけることは平気で出来るのに、自分が傷つけられる立場になったら怯えるなんて……。
「ただの論争だったらいつでもしていいのにね」
「……それも暫くなくなるだろうな」
「皆ビビり過ぎだよ。度胸のない奴ら」
ヘンリは僕の言葉に苦笑する。
敵が一人でもいたら、大勢で袋叩きにする。アリシアがもしここにいたら、とゾッとする。過激派のリズ派に襲われていたかもしれない。
……あ、でもアリシアもリズも強すぎて誰も敵わないか。
「妹が強くて良かったね」
僕がヘンリにそう言うと、「強すぎるから困ってるんだ」とフッと優しい笑みを浮かべた。
確かに、アリシアみたいな妹がいたら兄は一生落ち着かないだろう。ヘンリはずっとアリシアに驚かされっぱなしだもんね。
「たまにはアリシアを驚かしてみたいよ」
「出来るんじゃない?」
僕はヘンリの言葉に即答した。え、と僕の方を見る彼に、話を続けた。
「貧困村を壊して、じっちゃんを外に出して、今は学園の校則に自分の名前があるんだよ? 驚く要素しかないでしょ」
「普通の人ならそれで驚くだろうな。けど、相手はアリシアだ。進化したアリシアにまた俺達が驚かされるんじゃないのか?」
僕は思わず笑ってしまった。
ヘンリの言う通りだ。絶対に彼女はラヴァール国でも大物になって帰ってくるだろう。
「向こうの国の王子に惚れられてたりしてね」
「うわぁ、やめろやめろ。戦争になる」
ヘンリは声を上げる。
「大丈夫だよ。アリシアはデュークのところに戻って来る」
「ああ、俺の女だからな」
突然、甘く澄んだ声がすぐ後ろから聞こえた。振り向くとデュークが真後ろに立っていた。その隣で、メルがマフィンを食べている。
微かなバナナの匂い。朝からマフィンだけなんて健康に悪いと思ったけど、バナナマフィンだったら、大丈夫か。
「脅かすなよ」
ヘンリは胸に手を当てて、心臓を落ち着かせようとしている。
「おはよう。見て、皆朝から大騒ぎだよ」
僕は掲示板の方を指さす。僕とヘンリが学校に着いてから結構時間が経っているのに、未だ終息しそうな雰囲気はない。
「うわッ。絶対行きたくない。マフィン潰れちゃう」
「これで収まると良いんだけどな」
メルとデュークが掲示板の方に目を向ける。それから少しして、デュークが僕に視線を移す。
「それともう一つ、良い知らせだ」