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「新しく法律を作っちゃえばいいんだよ!」
メルの突拍子もない提案にその場にいる全員が固まった。彼女はお構いなしに話し続ける。
「思想を押し付け、人を傷つけたら、処罰しますっていう法律! あ、でも処罰もちゃんと重いものだよ。死刑とか! 争いを避けたいんだったら、これが一番じゃない?」
死刑は流石にダメだろ。
けど、メルの言っていることは確かに良い案かもしれない。
信じているものを疑うのは難しい。アリシアやリズの考え方だけじゃなくて、もっと多くの考え方がこれから出てくるかもしれない。それを取り締まるには新たに法律を作るのが一番だ。
「死なんて恐れずに行動する者もいるかもしれない」
「テロリストみたいな?」
デュークの言葉に僕はそう返す。
昔、本で読んだことがある。デュルキス国にはテロリストはいないが、他の国に存在すると言われている。……本当かどうかは分からないけど。
「たかが学生なのに、とんでもない事件に発展しようとしてるな」
ヘンリがそう言うと、メルは真顔で答える。
「『たかが学生』が一番怖いんだよ。変に行動力あるもん」
確かにそれはそうかもしれない。一番色んな物事を吸収する時期だ。
カーティスが難しい表情を浮かべながら、デュークの方に視線を向ける。
「法律を新たに付け足すことなんて出来るのか?」
「……できなくはないが、やっぱり学生の立場だと難しいだろうな」
「王子の立場を利用しちゃえ!」
メルは他人事だと思っているのか、楽しそうだ。ゴソゴソとポケットから棒付きのキャンディーを取り出し、舐め始めた。ストロベリーの甘い匂いがふわっと漂う。
……自由人だな。
「本気で言ってるのか?」
デュークはじっと圧をかけるようにメルを見つめる。
「本気だよ。そりゃ、聖女リズッちが演説でもして騒動が収まればいいけど~、アリアリが今ここにいないことにはバランスとれないじゃん。デュークも王子としては、これ以上被害者出すわけにはいかないでしょ。今回この教室で起こったこと、超胸糞だし」
メルはコロっと口の中で飴玉を転がす。彼女は陽気にずっと話していたが、初めて怒りを露わにした。
一人の生徒が殺されかけたんだ、メルも流石にこの事件の深刻さは分かっているだろう。
「……今はとりあえず、エマちゃんを休ませた方が良いよね」
カーティスは教卓に横たわっているエマの背中と膝の裏をしっかり支えて両手で抱きかかえる。
さらっとこんなことが出来るなんて、カーティスが女の子から人気がある理由が分かる。カーティスは「後のことは頼むよ」と言って、教室から去って行った。
「私もメルちゃんに賛成かも……」
リズが小さくそう呟いた。その後に確かな声で「新しい法律を作るべきだと思う」と発した。
僕はまだメルの提案に完全に納得したわけじゃなかったが、何も言えなかった。
これで解決するはずなのに、何か見落としている気がする……。
……新たな法律が出来て、それが守られたとして、信者達の中に溜まる鬱憤はどこに向けられるんだ?