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僕らはカーティスに連れられていつも使用している教室に着いた。人だかりが沢山出来ていて、とてもじゃないが中の様子は分からない。
大きな声を出して騒いでいる者はいないが、「やべえよ」「これは酷いわね」「どうなってんだよ」などという呟きがポツポツと聞こえる。
皆、デュークに気付き、道を空ける。
やっぱり王子の力は凄いなと実感する。全員どこかでデュークならなんとかしてくれるって思っている。
リズや五大貴族の皆も顔を真っ青にして突っ立っているが、デュークが来たことでどこかホッとした様子だった。
彼らはまだ中に入っていないようだ。
教室の中から、鼻がツンとする腐敗臭が漂い、気持ち悪くなる。僕らは手で口を覆い、教室の中へと進んで行く。
「なにこれ……」
目の前の悲惨な現実に吐き気がした。
何匹もの鼠の首が全て切られており、床に並べられている。血の匂いと鼠の匂いが混ざり、より耐えられないものになる。
鼠の死骸なんて久しぶりに見た。貧困村でしか見たことがない。
教卓の上に女子生徒が横たわっている。デュークが急いで駆けつける。僕らも女子生徒の元へ行く。
……どっかで見たことある顔だ。
栗色の髪にそばかす……、エマだ!
アリシアを昔嵌めようとしていたけど、全然太刀打ち出来なかったリズ信者の子。けど、実は強力なリズ信者のマリカにいいように使われていたっていう胸糞な話。
けど、その時、マリカ達が食堂でエマの悪口言ってるのを聞いてアリシアがナイフを壁に投げて脅すんだよね。あれは最高だったな。
ああ、早くアリシアに会いたい。アリシア不足だ。
目の前に酷い状態のエマがいるのに僕はそんなことを考えていた。
こんな光景なんて貧困村で嫌というほど見てきたから、慣れている。普通の貴族なら嘔吐して、この場から一目散に走り去っていくだろう。それぐらい耐えられないと思う。
エマは頭を殴られた痕があり、血が額から教卓へと流れている。きっと体は痣だらけだろう。足は折れて、通常とは違う方向を向いている。相当痛いはずだ。
微かに息をしている。苦しそうな表情のまま気を失っているけど。
「リズ信者だったけど、アリシア派になったから、全員への見せしめとしてこんな風にされたのかな」
「そうかもしれないな」
僕の言葉にデュークは頷く。
デュークはきっとあのマリカとエマの裏側もちゃんと把握しているのだろう。だって、アリシアと関係していることだもんね……。
「とりあえず、床の血を片付けろ」
デュークはカーティスにそう言った。カーティスは「え、まじ?」と顔を引きつらせる。
そう言えば、昔、アリシアが小屋に誘拐された時に、彼女の服についている血をカーティスが綺麗にしてくれたのを思い出した。
「そりゃ、デュークからしたら、これぐらい何ともないことかもしれないけど、俺からしたら全魔力使うんだから」
ぶつぶつ言いながらも、彼は床についている鼠の血を全て魔法で綺麗にした。
デュークは魔法で鼠を全て空中に浮かし、教室の隅っこに集めて、上から布で覆い隠した。
「普通の生徒なら一匹浮かすのに精一杯だ」
「デュークってキモいよね」
隣でヘンリとメルがそう言った。メルの「キモいよね」は誉め言葉だろう。
主人にそんなことを言っていいのか? ……まぁ、メルだから許されるか。
「リズを呼んで来い」
メルはデュークのその言葉に「え~」と嫌そうな表情を浮かべながら、教室を出る。