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「この生意気そうなガキは誰だ?」
私が連れてきたレオンを見るなり、ヴィクターは露骨に顔をしかめる。
そんなヴィクターの態度にレオンは表情を変えずに私の隣に立っている。
……気に食わない人間は全員「ガキ」って呼ぶのかしら。一番ガキなのはヴィクターだと思うけど。
「私が連れてくるって言っていた少年です」
「この国の奴じゃねえのか」
「ご存じの通り、私もこの国の者じゃないですよ」
ヴィクターはチッと小さく舌打ちをして、「俺以外、はみ出し者か」と付け足す。
ラヴァール国の王子にメルビン国の暗殺者、そしてデュルキス国の国外追放された令嬢。
なんて悪そうな仲間なのかしら! 類は友を呼ぶってこういうことね。なんて素晴らしい展開なのかしら。
思わず口元が緩んでしまう。
「はみ出し者同士仲良くしましょう」
「なんで嬉しそうなんだよ。本当に分かんねえ奴だな」
ヴィクターは若干引いている素振りを見せるけど、レオンは無表情だ。
私達は馬小屋へと向かう。
なんて大きな馬小屋なのかしら。この馬小屋一つでこの国の経済力がよく分かるわ。流石大国と言われているだけのことはある。
どの馬でも良い、というヴィクターの言葉に少し迷ってしまう。
ヴィクターはいつもの足の速い大きな馬だ。レオンは体力がありそうな黒い馬を選んだ。
……そんなに能力の高い馬にしなくても良いわよね。
そう思い、私は小柄な白い馬を選ぼうとした瞬間、馬小屋の前に黒い何かが現れた。その猛々しい鳴き声に「なんだ?」とヴィクターは反応する。
視線の先には凛々しく私達を見つめるライがいた。その尊厳ある姿に思わず息を呑む。
その姿はまるで全ての動物を制した王だった。ライオンが何故百獣の王と呼ばれるのかが分かった気がする。
……ライってこんなにかっこよかったかしら?
「主は馬じゃなかったみたいですね」
横でレオンがそう呟いた。
「チビの特権だな」
私はヴィクターの言葉を無視してライの元へと足を進める。ライの前に立つと彼はゆっくりと頭を垂らす。
その仕草はまるで私を乗せることが彼の名誉だと言ってるかのようだった。
「ライオンが主に敬意を示してる」
「……あのガキが何者かなんて一生かけても分かんねえかもな」
後ろでレオンとヴィクターの声が聞こえる。
「私を乗せてくれるの?」
その言葉に反応して、彼は頭を上げる。
こんなに私に従順なのは、私が魔力を彼に流したからかしら……。百獣の王を支配するなんて、動物界でも悪女って言われちゃうわね。
「ありがとう」とライの耳元で囁き、優しく彼の整った毛並みを撫でる。
あの闘技場で彼の記憶を見てから、人間に対する不信感があり警戒するのだと思われていたけれど、ライはあの日からずっと私の味方だった。
人間にプライドを傷つけられても、私を助けてくれるライオン。
美しき気高さを取り戻したライに見合う女にならないとね。
私は彼の上に飛び乗った。朝の心地いい風が吹き、サラッと髪が靡く。目に巻いていた布が緩く結んでしまっていたのか飛ばされる。
ヴィクターとレオンと目が合う。
「鬱陶しいぐらいに誇りある強い女だな」
「主の美しさに惚れないで下さいよ」
「……こんなガキになんて惚れねえよ」
ヴィクターはレオンの言葉に少し弱々しい声で答えた。
案外この二人は相性がいいのかもしれない。