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彼が何か言い返してくる前に、話を続ける。
「物事を鳥瞰的に見れる人が未だに兄を嫌っているなんて馬鹿げているでしょ。色んな国の治め方があるじゃない。もし二人ともどうしても王の座を譲れないなら分配政治をするとか……。とにかく、王子も早く成長してください」
先ほどまで怒りが爆発しそうな勢いだったが、淡々と話をする私を見て、少し落ち着いたようだ。
課題解決処理能力はちゃんと備わっているのに、こんなところで躓いているなんて勿体ない。ヴィクターはもっと伸びる。
……そんなこと言ったらまた「何様だ」ってキレられそうだけど。
「俺がもっとあいつに寛容になれってことか?」
「まぁ、そういうことですね」
私は笑顔で答える。
ヴィアンは自分の心の内に気持ちを隠すタイプだけど、ヴィクターは真逆だ。周りを巻き込む野心家。
「けど、まぁ、お前が俺のところに戻って来たからひとまず安心だな」
「あ、私、今日からマディ探しに行きます」
「今日!? いつ決めたんだ?」
大声を出すヴィクターに冷静に「今です」と返す。
一刻も早くマディを探してリオを助けなければならない。決断と行動は素早く。
「今かよ。……俺も行くって言ってただろ」
「俺、は来ても来なくてもどっちでもいいですよ」
「てめぇ、本当に可愛くねえやつだな」
少し頬をピクピクさせて彼は私を見下ろす。
ヴィクターに媚び売ったところで嫌がられるだけだわ。キャピキャピして近寄って来るぶりっ子令嬢が一番嫌いなタイプじゃない。
「分かった。早く出発の準備をしろ」
彼はそう言って、小さくため息をつく。
「え、来てくれるんですか?」
「他の業務は帰ってきてからでも大丈夫だろう」
ヴィクターの周りの人達が困っている図が想像できる。
「あ、それと一人少年を連れて行ってもいいですか?」
「役に立つのか?」
怪訝な表情を浮かべるヴィクターに私は口角を上げて「もちろん」と答える。
「まぁ、お前が信用してるってやつなら大丈夫だろ」
あら、嬉しいお言葉ね。
ラヴァール国の王子様に信用してもらえるなんて……、ヴィクターは見る目あるわね!
「何ニヤニヤしてるんだ? キモいぞ」
……前言撤回したいわ。
「あ、あのじいさん連中にはなんて言うんだ?」
おじい様達のことをじいさん連中なんて言えるのはヴィクターぐらいよ。
「また遠征に行く、でいいんじゃないの?」
「……きっと、寂しがるだろうな。お前のこと気に入ってるからな。どこに行っても愛される性質っていいな」
ヴィクターの言葉に驚く。
まさか私がそんなにおじい様達に好かれているなんて……。なんて幸せな道を歩んでいるのかしら、国外追放されて本当に良かったわ。
「けど、愛される性質ってまるで聖女みたいね」
私が不服そうにそう言うと、「お前は聖女とは程遠い」とヴィクターが即答する。
「本当!?」
私の歓喜の声にヴィクターは少し戸惑う。きっと嫌味で言ったつもりだったのだろう。
「最高の誉め言葉だわ!」
「変なやつ。……こいつは聖女というか、賢者だよな」
喜びのあまり、ヴィクターがなんて言ったかは聞こえていなかった。
やっぱり、私、悪女の道へと着実に進んでいるんだわ!




