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「んん? え?」
私の突然の言葉にレオンは首を傾げる。
「その為に貴方が必要なのよ」
ますます訳が分からないという表情を彼は浮かべる。私は説明を付け足す。
「一人で最強の悪女になれない。誰にも負けない強い部隊が必要なの。貴方にはその一員になってもらうわ」
「意味不明な点が多いけど、主の為ならば何にでもなりますよ。……てか、悪女って何ですか」
「悪女は悪女よ。私の夢」
「……何で悪女なんですか?」
レオンが訝し気にそう私に聞いた。
何故悪女か……。
ジルにもそんな質問をされたことはなかった気がするわ。ただ私の悪女の信念を貫いて欲しいって感じだったし。
けど、何故悪女になりたいかなんて質問は私にとっては愚問だわ。
「強く賢く周りに非難されても自分を貫くなんてカッコいい女だと思わない?」
口の端を少し上げて、レオンを見つめる。彼は私の返答にきょとんとした表情を浮かべる。
「そ、それだけ?」
戸惑う彼に私は「ええ」と頷く。レオンは驚きのあまり大きな声を上げる。
「そんな理由で闘技場から抜け出して、性別を偽り、ここで働いているんですか!?」
「驚くようなことでもないでしょ。甘いものが好きだからケーキ屋さんで働く、誰かを守りたい、あるいは沢山の女性にモテたいから兵士になる、……植物が好きだから貴族を辞めて植物屋を営む。夢を目指す理由なんて単純な理由でしょ。私は別に世界を変えようなんて思わない。この世の人を全て救うなんて無理だし。ただ、私は私がなりたい私になりたいの。誰にも邪魔なんてさせない。……まさに悪女っぽいでしょ?」
真っ直ぐな瞳を私に向けるレオンに微笑む。沈黙が少し続いた後、彼は口を開いた。
「……そう願っていてもそうなれない人間の方が多い」
「そうね。けど、私はこの夢に人生をかけてるの。この命が燃え尽きるその瞬間まで夢を追い続けるわ。もし、リスクを負わずに何かを成し遂げられるなんて思っているのなら、今すぐそんな夢は捨てた方がいい。……ねぇ、レオン、貴方は夢を持ってる?」
想定外の質問にレオンは「ゆ、め?」と呟き、固まる。
私は七歳の頃からずっと確かな夢を持っている。そんな人は少ないということは分かっている。
社会を知り、大人になるにつれて、夢は変わってくる。
ただ、ここは前世の私にとって、乙女ゲームの世界だった。だから、最初から自分の立場が分かっていた。ずっと憧れていた立ち位置を生まれた時から渡されていたのよ。それなら思う存分悪役令嬢という立場を活用してみせる。
この世界が今の私にとってリアルな世界だって思うと、私は本当に運が良かった。
「夢なんて小さい頃に捨てました」
レオンはどこか寂しく笑う。そう、と呟くことしか出来ない。
「今は弟と主を守ることに専念します」
「……貴方は私の夢を叶える為の駒だって言われたら悔しい?」
即座に彼は首を横に振った。
「いえ。俺は、少しおかしな主と一緒にいたいです」
喜びたいけど、余計な一言のせいで少し複雑な気持ちだわ。
私っておかしいのかしら……。まぁ、暗殺者におかしいって言われても何とも思わないわ!
「それとね、私は自分の駒が無くなることは嫌なのよ。絶対に失ったり奪われたりしないわ。レオンを失う時は、私はもうこの世にいないわ」
レオンの瞳に満天の星の下で佇む私が映っている。彼の瞳が揺れるのが分かった。
「ねぇ、私、悪女になれると思う?」
微笑みながら、そう付け足す。レオンも私の質問に破顔した。
「ええ、主なら必ずなれますよ」
彼の透き通った声が静かな夜に優しく響いた。