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階段を上り、地上へと出る。夜の湿った空気が心地良さを感じさせる。誰もいない。私とレオンだけだ。
戦いには、うってつけの雰囲気ね。レオンと私は向かい合わせになる。
十四歳の割には凄い殺気ね。一体どんな人生を歩んで来たのかしら。……まぁ、私も人のことはあまり言えないわね。
「それじゃあ、始める?」
私はニヤッと口角を上げる。私の態度が気に食わないのか、レオンは私を睨む。
いつでも、と私が言った瞬間、視界から彼が消えた。どこにも彼の気配を感じられない。存在感が消えて、どこから攻撃してくるのか全く分からない。
闇に上手く溶け込んだみたいだわ。思ったよりも手ごたえがある戦いになりそうね。
私は深く息を吸い、全神経を集中させる。
微かな空気の振動を頼りに、彼がいる場所を考える。
スッと静かに後ろから蹴りが来るのが分かった。私は頭に直撃するコンマ数秒の差でかわす。
「へぇ、これ避けれるんだ」
「気配の消し方が暗殺者みたいだな」
私が振り向くと、彼はどこか寂しい表情をしていた。だが、すぐに口の端を上げて余裕そうに笑う。
「そりゃ、暗殺者だったからね」
その瞬間、また彼が消えて、どんどん私に攻撃してくる。
私は彼の凄まじい蹴りや拳を上手く避けていく。さっきのは、私の実力を測ったってことかしら……。
それにしても、なんてすばしっこいのよ。このまま避けてばかりじゃ埒が明かない。
どこか弱点を見つけないと!
レオンの力強い蹴りをバク転で逃げる。レオンは少し息を切らしながら私を鋭い目で見る。
半端な気持ちで戦っていないのが良く伝わってくる。
「本気で戦えよ」
「君に僕を本気にさせることは出来ないよ」
あえて挑発する。彼はギリッと音を立てて、歯軋りする。
残念ながら、私もすばしっこさでは負けないわよ。
大体彼のスピードは捉えられたし、次できっと勝敗がつく。
「その余裕がムカつくんだよ」
レオンはまた闇に紛れた。姿の見えない人間をわざわざ探す必要はない。ただ襲ってくるのを待てばいい。
ビュンッと風を切る音と同時に私の目の前に拳が現れた。その瞬間、私は軽くしゃがみ、左手で彼の鳩尾に拳を入れる。
私の方がわずかに早かった。彼は「ガハッ」と苦しそうな声を出し、その場に倒れ込む。
結構本気で狙ったから、暫く立てないはず。
彼は地面に這いつくばりながら、私の方を見上げる。悔しさと怒りの瞳を私に向けた。
「目が見えてないはずだろ」
「視覚だけで戦っていると思ってるのか? 五感全てを使って戦え。研ぎ澄まされた感覚にこそ意味があるんだよ」
レオンは仰向けに寝転ぶ。満天の空を見つめながら、小さくため息をつく。
「俺の負けか……」
「君の負けだね」
「煽ってるのか?」
まさか、と苦笑する。レオンが負けることは最初から分かっていた。
ただ、もっと訓練を積めば間違いなく彼は私を追い抜く。それも一瞬で。
「こんなに強い奴がいるとはな~」
「ショック?」
「まさか。むしろわくわくする。こんなに興奮したのは久しぶりだ」
私を見るレオンの燃えるような韓紅の瞳に、思わずゾクゾクッと悪寒が走る。
なんて表情してるのよ。末恐ろしいってこういうことを言うのね。




