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少年は眉間に皺を寄せる。私は彼の瞳を真っすぐ見つめながら話を続けた。
「僕のことを信じて疑わないで欲しい。そして、頼れ」
「……どうやって。目が見ねえやつについていこうなんて思わねえよ」
「君の弟、このままだと死ぬよ」
私の言葉に苛立ったのか、物凄い形相で「てめえ」と柵から手を伸ばし私の胸ぐらを掴む。
思ったより力がある。私は何とか姿勢を崩さず、表情も変えない。彼から放たれる殺気は凄まじいものだった。
「俺の弟に手出したら、殺すぞ」
「僕に殺されるんじゃなくて、病気で死ぬよ」
「どういうことだよ」
「有名だから知っていると思うけど、君の弟は、斑点病にかかってる」
私の冷静な対応に、彼は少し間を置く。少年の私の胸ぐらを掴む力が弱くなる。
……たいして驚きもしない。もしかして、気付いていたのかしら?
だから、早くこの場所から出たがったのかもしれないわね。
「……なんでそんなことがお前に分かるんだよ」
「なんとなく」と、とぼけて誤魔化す。私はさらに付け加える。
「今重要なのは、そこじゃなくて、弟を助けることだろ。僕なら弟を助けてあげることが出来る」
力強い私の口調に彼は押し黙る。彼の目から疑いが感じられる。
まだ私のことを信じ切れないのかしら。まぁ、それもそうよね。こんな都合のいい話はないもの。
「もし、僕が弟を助けることが出来たら、君は僕を信用してくれるのかい?」
少年はチラッと弟の方を見つめる。
唯一の肉親なのかしら? もしそうなら、相当心配よね……。
「分かった。もし弟を助けてくれたらお前を信用してやるよ」
覚悟を決めた表情で私の方を振り向く。
「ただし」
「ただし?」
「俺と一回勝負しろ。お前が勝ったら、弟を助けてやるチャンスを与える。だが、俺が勝ったら、俺達をここから出せ」
なんでそんなに上から目線なのよ。……まぁ、交渉する上で相手を優勢な立場に立たせないってことは重要だけど。
ちゃんと自分が有利になるような交渉の仕方だ。
「分かった。僕に勝てたら貴方達を自由にしてあげる。それに、戦いの武器も君に選ばせてあげるよ」
絶対負ける気がしないもの。
少年は少し考えこんでから、「素手だ」と答えた。
確かに彼は剣を持つよりも素手が向いているかもしれない。小柄だし、すばしっこく動きそう。
「いいよ」
私は壁にかかっている鍵を取り、牢の頑丈な鍵穴に差し込む。
彼を牢から出したところで逃げるなんて心配はなかった。
大好きな弟がまだ牢にいるんだもの。置いて逃げるはずがない。それに約束を破れば弟が殺されるかもしれないなんてことはちゃんと分かっているだろうし。
どうぞ、と牢の扉を開けて、笑顔で少年を出す。彼は用心しながらも牢からそっと足を出す。
「そう言えば、君、名前は?」
「レオン、十四歳」
あっさりと答えてくれた。
十四歳の割には思ったより小さいわね。私と同じぐらいじゃない。育ち盛りなんだから、ちゃんと栄養を取らないとだめよ。
私が勝ったら、沢山良いご飯を食べさせないと!
「レオンか。良い名前だね。僕の名前は」
「リア、十六歳。前に聞いた」
「そうだったっけ? まぁ、いいや。よろしくね、レオン」
「よろしく、か。勝負はこれからだろ」
レオンは嫌そうな顔をする。
もう、思春期なのかしら。少しぐらい愛想良くしてほしいわ。……初めて会った時のどこかのジル君にそっくりじゃない。
「あいつは、リオ。八歳だ」
レオンは牢の中で寝ている小さな少年を指さしながらそう言った。
弟のことも紹介してくれるなんて、少しは心を開いてくれたってことでいいかしら?
「大事な弟なんだね」
「ああ。弟を守るためだったら何でもする」
「じゃあ、一刻も早く勝負して彼を助けないとね」
「だから、さっきからなんでお前が勝つ前提なんだよ」
私の様子に不満気なレオンに対して、「だって、勝つから」と私は口角を上げた。