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馬車に乗り、ベンが言ったことを考える。
闘技場脱走した褐色肌の少年達の小さい方、斑点病の初期症状が出てる……って、まさに私が今日の朝会った子たちよね。
斑点病の初期症状は……微熱。それと、首が痒くなりそこに斑点が出来始める。
あの時は、兄の方にばかり気を取られていて、弟の方をよく観察していなかった。
「……ベンになんて言われたの?」
「え?」
私はヴィアンの方に顔を向ける。彼は少し心配そうな表情で私を見つめていた。
「そんな深刻な顔して、何を悩んでるの?」
「……ヴィヴィアン、お願いがあるの」
私は一呼吸置いて、真剣な顔で声を出した。ヴィアンは不思議そうに「何?」と小さく首を傾げる。
「ヴィクターの元に暫く戻りたいの」
私はやっぱり何としてもマディを取りに行かないといけない。どれだけ危険であったとしても……。
「彼を王にしたいの?」
「違うわ。ただ、やり残したことがあるの。それに、私はラヴァール国の王になるのはどっちでも良いと思っているの。ヴィヴィアン、いえ、ヴィアンにも、そしてヴィクターにも王の素質があるから」
こんなことをヴィクターの前で言うと、怒られるだろう。
彼は自分の兄のことを敵対視しているんだもの。執着が凄い。けど、これはヴィクターの片思いなのよね。ヴィアンはなんていうか、余裕がある。
「アリシアならそう言うと思っていたわ。……こればかりはしょうがないわよね。元々、貴女はヴィクターに仕えていたんだし」
「いいの?」
「いいわよ。私がどうこう言っても、聞かなさそうだし」
「良くお分かりで」
思わず口元が緩む。
こんなにあっさりヴィクターの元へ戻ることを許してくれるとは思っていなかった。
「寂しくなるわね。それに、今まで通り仕事も回らないだろうし」
「そう言って頂けて光栄です」
「ちょっと、急に仕事モードにならないで」
ヴィアンは眉間に少し皺を寄せてる。
彼にこんなに認めてもらえているなんて本当に誇りに思う。
デュルキス国にいる時は絶対にヒロインのライバルとして悪女になる! って思って日々を過ごしていたけれど、ここに来てからはそんなことをあまり考えない。
ある意味、休暇に来たようなものかしら。……国外追放を休暇って言うのも少し変よね。
ラヴァール国にいる間は気楽だけど、正直なところ、デュルキス国がどうなっているのかも気になる。私みたいなキャラがまた現れて、悪役令嬢の座を奪われていたらどうしよう。
悪女としての腕が落ちる前に母国へ帰らないとね!
「いたッ」
突然、左目に痛みが走る。激痛じゃないが、静電気みたいな痛み。
少し前から左目がおかしい。ウィルおじさんに何もなければいいけど……。
「どうしたの?」
「ううん、大丈夫。少し目が痛くなっただけ」
「……左目?」
私はコクりと頷く。
「よくあることなの?」
「ううん。でも、大丈夫よ! 少し疲れただけなのかもしれない」
「ベンに言われたことで悩んでいるんだったら、相談してね。一発殴ってくるから」
え、そっち!?
想像していなかった答えに思わず大きな声を出してしまう。
「本当に大丈夫よ!」
「そう? それなら、いいけど」
ヴィアンは疑いの目を私に向けつつも、それ以上言及してこなかった。
そういうところが好きなのよね。ベンが私に言ったことも無理に探ろうとしないし……。
これが良き友情なのかしら。友達も悪くないわね。