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何故かトラブルなく馬車に乗ることが出来た。
きっと、御者に私達はどこかの令嬢だと思われている。装飾品が高価なものであることは誰でも分かる。
目の前に背筋良く座っているヴィアンに目を向ける。
これほど赤いドレスが似合う人を見たことがないと言っても過言ではないぐらい良く似合っている。
……けど、彼は着替えてから自分の姿を一切見なかった。
こんなに美しいのに勿体無い。
もし、私がヴィアンだったら、一日中鏡を見ているわ。思いっきり自信がつきそうだもの。
「何か私の顔についてる?」
まじまじと見つめ過ぎてしまった。彼が訝し気な表情を浮かべる。
「目と鼻と口がついているわ」
「そういうことを聞いているんじゃないわよ」
「……どうして着飾った後の自分を見ないの?」
私の質問にヴィアンは口を閉ざす。荒い道のせいか、ガタッと馬車が揺れる。
それと同時にヴィアンが何か言葉を発した。本人は私に聞こえていないのだろうと思ったのだろうけど、私はしっかりとこの耳で彼の言葉を聞いた。「私は後でいいのよ」って。
どういうこと……? 自分よりも先に誰かに見てもらいたいってこと?
これって触れても良いのかしら。けど、ヴィアンは私に聞こえないように言ったつもりだろうし。
深く追求しない方が良いのかもしれない。
暫く馬車の中で沈黙が続いた。ヴィアンはずっと外を眺めながら何か考えているように思えた。
折角おめかしして街に出るんだから、楽しい話で盛り上がりたいのに……。
段々町へと近づいて来た時に彼がゆっくりと口を開いた。
「ドレスを仕立ててもらう時になんて言って注文していると思う?」
私は思わず固まってしまった。彼は私の方を向かず、ずっと外を見つめたままだ。
……考えてもみなかったわ。ヴィアンの骨格に合うようにドレスを作るのは難しい。
どこかのご令嬢の為にドレスを作るのとはわけが違う。ヴィアンは美しいし、ドレスも似合うが、れっきとした男。
ちゃんと採寸しないといけないはず……。
言葉に詰まっている私の様子を察したのか、彼は話を続けた。
「小さい頃は女性用のドレスでも入ったのよ。だから、女の子にプレゼントするって言ってドレスを手に入れることなんて簡単だった。でも、身体が成長していくにつれて女性用のドレスは私に入らなくなっていった。だから、自ら街に出て、ドレスデザイナーに交渉しに行ったの」
「ヴィヴィアン自ら足を運んだの?」
「そうよ。……そこである人に出会ったの。その人は人間として最低だったけど、私に最高のドレスを作ってくれた。私がドレスを着るって言っても非難はしなかった。ドレスを愛する者に悪い人はいないって思っているのよ」
ヴィアンは嬉しそうに話をする。
「人間としてどう最低だったの?」
「……非難はしなかったけれど、私がドレスを着ている姿を一度も見てくれなかった。理由を聞いたら、私のドレス姿に興味はないからって。自分が作ったドレスは最高の仕上がりだから似合わないはずないって思っているのか、ただ口に出さないだけで男のドレス姿なんて気持ち悪くて見たくなかったのか……。だから、私は私が一番綺麗だと思う格好をしてあいつの前に現れてやる。それまでは自分で自分を見ない」
馬車の窓にヴィアンの顔が反射する。そこには、切羽詰まった彼の表情が映っている。
「もし拒絶されたらって思うと怖い?」
彼は視線を私の方へと向けた。目がしっかりと合う。
「どれだけ周りにその姿を褒められたとしても自信がないんでしょ? ずっと自分の心の支えを作り上げてきた人物に認められるまで」
「…………そうだとしたら?」
ヴィアンは私を睨む。彼にニコッと微笑む。
「早くその人物に会ってヴィヴィアンの美しさに腰を抜かしてもらわないとね」
きょとんとした表情をヴィアンは私に向けた。
「私は目の前にいる赤い宝石をそのデザイナーよりもヴィヴィアンに見て欲しいのよ」
一呼吸置いた後に、ヴィアンは顔を綻ばせた。
「あ~もう、アリシアには敵わないわね」
それは私の台詞よ!
悔しいけど、ヴィアンの方が仕事が出来る。
一番身近で彼の仕事っぷりを見させてもらった私が言うんだもの。間違いないわ。