353 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
じっとドレスを見つめて、何も言わないヴィアンに私は声を掛ける。
きっと飛び跳ねて喜ぶと思ったのに、想像していたリアクションと違うわね。
「……どうかしたの?」
「こ、のドレスは、私には似合わないわ」
彼は眉を少し下げて、自信なさそうにそう呟いた。彼の言葉に私は驚く。
このドレスなんてヴィアンの為に作られたようなデザインじゃない。ヴィアン以外に誰が着るっていうのよ。
「何かあるの、このドレスに?」
「……真っ赤なドレスは着れないのよ」
絶対にそんなはずない。だって、この部屋には圧倒的に赤いドレスの方が多い。好きな色じゃなければ、こんなにも赤いドレスを集められるわけない。
「赤いドレスにトラウマでもあるの?」
私の質問にヴィアンが俯く。
そんな態度に出られたら、私からはこれ以上彼女に踏み込めない。悪女と言えども相手を尊重しないとね……。
「じゃあ、違うドレスにする?」
「…………アリシアは私にそのドレスが似合うと思うの?」
「え?」
「私にその赤いドレスが似合うと思うの?」
「勿論よ。だから、貴方にすすめてるんでしょ。わざわざ似合わないドレスを渡さないわよ」
私がそう言うと、ヴィアンは手を伸ばし、ドレスをゆっくりと受け取った。
何をそんなに怯えているのかしら。もしかして、この赤は誰かの血で染めたとか?
……そう考えると、着るのを躊躇うのは分かる。けど、ヴィアンがそんな非人道的なドレスなんて作るとは思えないけど。
「幼い頃、初めてドレスを着た色が赤いドレスだったの。赤いドレスが大好きで……、ドレスを着た瞬間に魔法をかけられた気分になって、自信が湧いたの」
ヴィアンは淡々と話し始めた。私は黙って、彼女の話を聞く。
「けどね、それを使用人に見られてしまったのよ。私が王子だと気付いていても、敬意を払えないぐらい驚いたんでしょうね。露骨に嫌な顔をして、気持ち悪い、って言ったのよ。……悪気がなかったのは分かっているわ。でも、その記憶を消したいのに、どれだけ経っても消す事なんて出来ないのよ」
こういう時ってなんて声を掛ければいいのかしら……。
というか、絶対似合っていたでしょ! 真っ赤なドレスを着たヴィアンの幼少期なんて想像しただけでにやけちゃうわ。
気持ち悪いなんて言った使用人、ヴィアンを傷つけるなんて、絶対に許さないわよ。
「ねぇ、そんな使用人が言った言葉より、私の言葉を信じて」
私はヴィアンを真っ直ぐ見つめながら、そう言った。彼の美しい黄緑色の瞳に私が映っている。
彼の表情は変わらない。私が何を言っても無意味なのかもしれない。
けど、このままで良いはずがない。
……私は悪女よ。彼女を軽い言葉で癒すことなんて出来ない。だからこそ、本気で向き合わないと。
「サンチェス・ヴィアンはそんな弱い人間じゃないでしょ」
私はそう言って、彼の頬を両手で挟む。結構力強く挟んだせいか、バチンッと音が鳴った。
彼は、何が起こったのか分からないという様子で目を丸くする。私の手は少しヒリヒリとした。
「こんなにも赤いドレスが好きなら堂々としていれば良いじゃない! ヴィヴィアンの魅力が分からない人間の言葉に傷ついているなんて馬鹿げているわ! そもそも人としてそんな言葉を言う時点で底辺なのよ。私達は頂点に立つ人間でしょ?」
私達って言っちゃったけれど、ヴィアンも悪女みたいな存在だから良いわよね。