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じっちゃんの部屋の前に着き、大きく息を吸う。
いつもなら簡単にこんな扉開けてしまえるのに、今日は緊張する。心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
大丈夫、きっと悪い知らせなんかない。だって、こんなにも順調に良いことが続いているのだから。
気を引き締めてコンコンッと扉を叩く。
「なんだ?」
じっちゃんの声が聞こえる。それだけで僕は安心してしまう。
「ジルだよ」
「ジルか。朝からどうしたんだ?」
そう言って、彼は扉を開けてくれる。
いつもの優しそうなじっちゃんだ。僕は彼の左の目を見つめる。この黄金の瞳を見ていると、アリシアを思い出すことが出来る。
「少し聞きたいことがあって」
「まぁ、中に入りなさい」
僕はじっちゃんの前では上手く表情を隠せない。彼は僕が暗い雰囲気を醸し出していることにすぐに気付いただろう。
部屋の中は綺麗に片付けられていて、机には沢山の書類が並べてあった。
こんなにも有能な人材がいなくなってしまうなんてありえない。
「何があったんだ?」
じっちゃんは椅子に腰を下ろして、僕にそう聞いた。じっちゃんのこの穏やかな口調が好きだ。
少し躊躇ってから、口を開く。
「じっちゃんは病気なの?」
少し声が震えたのが分かった。じっちゃんは僕の質問に少し困った表情を浮かべる。
この反応は良い知らせがない。僕は直感でそれを察した。
窓からは心地いいひんやりとした風が入ってくる。
「正直に答えて」
何も言わないじっちゃんに僕はもう一度言葉を発する。
「ああ、病気だ。……昨日、廊下にいたのはジルだったか」
「……死んじゃうの?」
「いや、まだ死にはしない。だが、いつかは死を迎える。人間は必ず死が来る。こればかりは覆すことの出来ない世の理だ」
「死んじゃやだよ」
僕は思わず泣きそうになってしまう。アリシアが旅立ってから、泣かないって決めたのに……。
けど、こればかりは自力では止めれそうにない。
「ジル、わしはまだ元気だ。しばらくは死なない」
「本当に?」
じっちゃんは笑顔で頷く。
けど、僕には分かった。それはじっちゃんが僕を安心させるための優しい嘘であることを。
「わしはこの国を立て直すという大きな仕事がある。……だが、もし全てを終えたら、その時は、わしを休憩させてくれるか?」
じっちゃんの言葉に僕は頷くことが出来なかった。彼が死ぬことなんて微塵も頭に残したくない。
……でも、それがじっちゃんの運命なら従うしかない。僕がとやかく言うことなんて出来ないんだ。
「分かった」
僕は涙をグッと堪えてそう答えた。
じっちゃんは「ありがとう」と言って、僕の頭を優しく撫でる。
いつか、このじっちゃんのごつごつとした大きな手に撫でられることはなくなると思うと心が張り裂けそうになる。
それでも、今は前を向かないと。じっちゃんが生きている限り僕は全力を尽くすんだ。