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ゲイルは暫く落ち着きたいと言って、学園を後にした。キャザー・リズはずっと申し訳なさそうに俯いていた。
救っていたつもりが、結果傷つけてしまうことになったのだ。
もう僕らが出来る事はない。あとは本人たちの問題だ。……キャザー・リズの魔法を解いただけでも十分な成果だ。
僕はそんなことを思いながら、デュークと共に王宮へ帰った。
じっちゃんに会いたかった。じっちゃんはあれから国王と一緒に城で暮らしている。彼が王になる日も近いだろう。国王も王の座をじっちゃんに譲ろうとしているし、準備は整ってきている。
五大貴族の当主達も反対はしていない。ただ、僕はあの五大貴族の中に黒幕がいると思う。国王の母親がまだ生きているのなら、誰か強力な権力を持つ人間が味方しているに違いない。
ここでじっちゃんが国王になることに異議を唱えたら怪しまれるから、賛成したのだろうけど。
「兄上!? 大丈夫ですか?」
驚きと焦りが感じられる国王の声が僕の耳に響く。僕はよく磨かれた廊下を走って声のした方へと向かう。
僕はこっそりと彼らの様子を覗く。視界に入ってきた光景は思わず目を疑いたくなるようなものだった。
じっちゃんの口の周りと手には血がついて、その場に倒れ込んでいた。その隣で、顔面蒼白な国王がじっちゃんを支えようとしていた。
……吐血?
「兄上!」
「大丈夫だ。心配するな」
「ですが、これは……」
「自分の体のことだ。わしが一番理解している」
僕は恐怖でその場から一歩も動けなかった。声すらも出すことが出来なかった。
じっちゃんがいなくなってしまうかもしれないという恐怖に襲われた。ただ何もできず、目の前の状況を見ていることしか出来なかった。
「医者に診てもらいましょう」
国王の言葉にじっちゃんは首を横に振る。
「もう遅い。今頃薬で治るようなものじゃないだろう」
息が出来ない。目の前で起こっていることが信じられなかった。呼吸が乱れるのが分かる。
「誰かいるのか?」
国王のその低い声に僕は息を殺す。黙ってその場をそっと離れる。
暫くして、駆け足になり、無我夢中で走る。ただあそこではないどこかへと逃げたかった。
僕の大切な人を奪わないで! 僕は心の中でそう叫んだ。
その日は一日眠れなかった。
じっちゃんがこの世からいなくなるなんて考えたくない。けど、そんな弱音を吐いていちゃいけないんだ。
アリシアに怒られちゃう。現実と向き合わないと。
今逃げても、後で後悔するだけだ。じっちゃんがどういう状態なのか把握して、出来るだけ僕も力にならないといけない。
もしかしたら、僕の思い過ごしで、ただの疲労から来た吐血だったかもしれない。
僕が勝手に死と結びつけただけだ。真相はじっちゃんに聞くまでは何も分からない。
覚悟を決めて、僕はじっちゃんのいる部屋へと足を進めた。
少しひんやりとした空気。朝日が昇り始めてきたばかりだ。鉛白色に漂う朱色の光。
こんなに良い朝なのに、僕の心は重たかった。