341 十二歳 ジル
あれからキャザー・リズは学園内を回り、全校生徒に素をさらけ出した。魔法が解けた瞬間、最初は皆、嫌悪感を抱いていたが、彼女の真摯に謝る姿を見て、そこまで大きな被害はなかった。
僕らは黙って彼女の様子を見守っていた。
自分が犯した過ちに気付くことは出来ても、それを謝るのは難しい。
良い印象を抱かれているのに、わざわざそれを崩すなんてことは誰もしたくない。嫌われることを覚悟で頭を下げる彼女を見ていると、本当に真っすぐ育ったのだと感じる。
……アリシア、ごめんね。幼いころから頑張って悪女になろうとしてたのに。
キャザー・リズが自分を曝け出してもゲイルだけは魔法が解けるのに少し時間がかかった。
彼もキャザー・リズへの信仰心が強い者の内の一人だった。
「どうして、今になって……。信じない、私はそんなこと信じない」
彼は灰色の髪の毛を力強く握りしめる。行き場を失ったように見える。
今まで信じて疑わなかったものが突然否定されるのだ。そりゃ、葛藤が生じて当たり前だよね。
「本当にごめんなさい。私を罵っても殴っていいわ」
「殴れるわけないだろ!」
ゲイルの瞳が大きく開く。緊迫した空気が教室に漂い、そこにいた生徒が皆彼に注目する。
きっと、ゲイルが最後までキャザー・リズの魔法にかかっている人物だろう。
いや、もしかしたらもう魔法は解けているのかもしれない。ただ、その後の心の葛藤というものがあるのだろう。真面目な人ほど深く悩む。
ゲイルはきっと彼女の魔法にかかるまえからキャザー・リズに好意を抱いていたのだろう。
「ねぇ、デュークがもしアリシアに魅惑の魔法をかけられていたらどうする?」
僕は隣に立っているデュークにそう聞いた。彼は少し驚いた表情を見せたが、すぐにフッと笑った。
「愚問だな。心を決めた女はアリシアだけだ。たとえ、俺が魔法をかけられても、本当に記憶喪失になっても、もう一度彼女を選ぶ」
「……凄い自信だね」
「生まれて初めて心を動かされたんだ。たとえ記憶がなくなってもそう簡単に彼女を手放すわけがない。……ジルはどうなんだ?」
「もしアリシアの記憶がなくなったら……?」
そんなことを考えたことなかった。アリシアは僕の中で当たり前の存在で、彼女が中心だった。
魅惑の魔法なしで彼女に魅了されているというのに……。もしそれが全部嘘だったとしても彼女についていくだろう。
だって、彼女は僕を世界に連れ出してくれたのだから。彼女が本当に悪い女の子でも、僕は彼女から離れることなんてない。
「彼女のいない人生なんて存在しないよ」
僕は力強くそう言った。