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あれから暫く交渉したけど、少年は一度も口を開くことはなかった。
全く彼らを懐柔出来ることなく、私は地下牢から離れた。……そろそろヴィアンのところへ行かないと。もう、既に遅刻だけど。
私が少し速足で王宮内を歩いていると、ヴィクターが目の前から物凄い形相で歩いてきた。
……え、なに!? どうしてそんなに怒ってるのよ。
反射的に私はクルッと回って、来た道を引き返す。
「おい、待て!」
ヴィクターの声が廊下に響き、彼の靴音がどんどん近づいて来るのが分かる。
「どうして追いかけてくるんですか!」
「どうして逃げんだよ」
「顔が怖いからですよ!」
私は後ろを振り向きながら声を上げる。そして、あっという間に彼に捕まってしまった。思い切り腕を握られる。ヴィクターを睨みながら声を発する。
「なんですか?」
「お前もう約束忘れたのかよ」
約束なんてヴィクターとした記憶がない。私は思わず首を傾げてしまう。彼は盛大にため息をつく。
「ここ最近ずっと、小屋で寝ただろう」
「はい」
「はい、じゃねえよ。俺の部屋で寝るって話をもう忘れたのか」
「あ!」
そう言えば、そんな話をしていた。ヴィアンの仕事でそんなことなど頭からすっかり抜けていた。
だって、あの仕事量をこなしているのよ。ヴィクターの部屋になんていくことなんて覚えているわけないじゃない。
「忙しくて。それに、ヴィアン王子のところに派遣されている間は無理です」
「……あいつに関して何か分かったか?」
急に真面目な顔でヴィクターは私に質問する。私は少し考えた後、口を開いた。
「彼は……、ちょっと引くぐらいの」
「引くぐらいの?」
「仕事量をしています」
私のその言葉に彼は少し固まる。私は話を続ける。
「あの量を一人でしているなんて、本当に優秀な人さ」
全て言い終える前に、彼は目の色を変えて私の腕をとてつもない力で握る。間違いなく痣が出来るぐらいの強さだ。
「次、あいつを褒めたりなんかしたら、この腕をへし折るぞ」
……どうしてヴィアンのことになるとそんなに短気なのよ。
それに、私はこんなところで負けない。彼のつま先を思い切り踏む。グッと彼が痛がっているところに、思い切りジャンプして、かかと落とし。
彼はその場に倒れ込む。私はその場にしゃがみ込み、彼の顔を覗く。
レディを丁重に扱わないからこんな目に遭うのよ。当然の報いだわ。……まぁ、王子にかかと落としなんて死刑どころじゃ済まないんだろうけど。
「勝手にヴィアンの元に送り込んで、彼に対する正当な評価をしたらキレるなんて、本当にガキ」
私はそれだけ言って、倒れているヴィクターを無視して、ヴィアンの部屋の元へと足を進めた。
後で相当な罰が待っているかもしれないけど、ヴィアンが私を気に入ってくれているから、死刑は免れそうだわ。
コンコンッとヴィアンの部屋の扉を叩く。
「誰?」
「私です」
何も返事が返ってこない。そう思った瞬間、勢いよく扉が開いた。扉にぶつからないように私は軽く避ける。
「遅いわ!」
そう言って、少し不機嫌そうな顔をしたヴィアンが部屋から出てきた。