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私はヴィアンの部屋を出た後、マリウス隊長の元へと駆け足で向かった。
その間、さっきの出来事を思い出していた。
これで苗字も知れたことだし、一件落着! ……よね?
ん、あれ?
一つの疑問が頭の中に浮かぶ。そして、そのままその場に立ち止る。
待って、確かヴィクターって、ハリストって名乗っていなかったっけ!?
え、でも今、サンチェス・ヴィアンって言っていたわよね? ……え、嫌よ。またウィルおじさんみたいにややこしい関係があるのは勘弁だわ。
……でも、ラヴァール国なら愛人の一人や二人囲うのは当たり前なのかもしれないわ。
「たとえ、母親が違っても苗字は一緒のはずよね?」
私が小さくそう呟いたのと同時に前からおじい様が歩いてきた。
なんていいタイミングなのかしら! おじい様に聞けば一発で分かるじゃない。……ラヴァール国に疎いって思われて怪しまれたりするかしら。
でも、今これを解決しないと気になって眠れないわ。
「リアか、こんなところで何をしてるんだ?」
「おじ、……アルベール様。今からマリウス隊長にこの書類を届けに行くところです」
なんだか久しぶりに会う気がするわ。このところ、ずっとヴィアンの仕事にかかりっきりだったんだもの。
「そうか。……一体さっきは何をそんなに真剣に考えていたのだ?」
……何でもお見通し? 血筋というものは恐ろしいわね。
「いえ、ただ……」
私は言葉に詰まる。無知なのは悪い事じゃない。知らないことは教わればいい。
ただ、ここでおじい様に怪しまれたくなんかない。私の正体を知っているのはヴィアン一人で充分よ。
「この道から来たということは、第一王子の部屋にでも行っていたのか?」
おじい様、鋭い。
「……そうです。最近ヴィクター様の命でヴィアン様のところへと就いたのです」
「そうか。それは良い。彼と共に時間を過ごすと色々なことが見えてくるからな。第一王子は、変わっているがそれが面白い」
「アルベール様はどちらの味方なのですか?」
私の言葉におじい様は固まる。
前まで、ヴィクターの遠征に付き合っていたのに、今はヴィアンの肩を持つような言い方だし……。
「どちらの味方でもない。この国が歩む道を見たいだけだ」
「……今までのこの国の歴史について教えてもらえないでしょうか?」
私は今しかないと思い、そう切りこんだ。
おじい様は驚くこともなく「それがお前が聞きたいことだったか」と呟き、彼は来た道をゆっくりと引き返し始めた。
ついて来いってことかしら? え、でもそれじゃあマリウス隊長に……。
仕事が出来ない人間に降格だわ。後でどんなペナルティを受けることになるのかしら。ああ、怒られる心の準備をしておかないと。
私はそんなことを思いながら、小さくため息をつき、おじい様の後を追った。