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なんてカッコいい回答なの……。百点満点よ。彼が眩しいわ。
「ねぇ、お嬢様だったらドレスのセンスも良いんじゃない? これから一緒にドレスでも見ない?」
「え、でもこの書類をマリウス隊長にまで届けないといけません。それに王子もまだまだ業務が残っています」
「何よ、面白くないわね」
そう言って、ヴィアンは口を尖らせる。仕事が多いので、と私は笑顔で答えた。少しぐらい減らして欲しいという気持ちを込めて。
「しょうがないわね。デュルキス国については沢山知りたいことがあるけど、この私でいるときは、何も聞かないわ! ……一つお願いしてもいいかしら」
王子が何を言っているのかしら。王子の願いを聞かない従者がいるわけないじゃない。
「何でしょうか?」
「私のことをヴィヴィアンって呼んでくれない? ずっとその名前に憧れていたの」
「いいですよ」
私が即答すると、ヴィアンは嬉しそうに笑う。彼のその笑顔につられて私も微笑み返す。
ヴィアンという名前も似合っていると思っていたけど、ヴィヴィアンも似合っている。
彼は小さく「ありがとう」と呟いた。きっと私に聞こえないつもりで声を発したんだろうけど、しっかり聞こえている。
少し……じゃなくて随分彼への印象が変わった。前よりずっと話しやすい。
「ヴィクターは子どもだから、あんな反抗的な態度をとるんだと思います」
あ、ついうっかりヴィクターのことを呼び捨てにしてしまったわ。まぁ、いいわよね、ヴィクターだもの。
「リア、じゃなくてアリシアの方が年下なのに、酷い言われようね。……弟は一生私のことを理解出来ないと思うわ」
「理解するのは案外簡単なんですよ。ただ、人は受け入れることが苦手なんです」
「どういうこと?」
「ヴィクターの場合は逃げているだけ、貴方の本質に向き合って絶望するのが怖いから。けど、案外そうじゃない。生まれ持った人格はそう簡単に変わらない。それに、価値観の違いなんて自分と他者の間では必ず生じるもの。自分の想像していた兄でなければ拒絶するなんて子どものすることよ。まず理解するところから始めないと、話にならないじゃない。彼はそういう点ではまだまだよね」
私が淡々と話すのをヴィアンは黙って聞いた。
もし、今の言葉をどこかでヴィクターに盗聴されていたら、明日には頭と胴体がバラバラになっているわ。
まぁ、そうなったらヴィアンの立場も危うくなってしまうから……もしかして、ヴィクターが私をヴィアンの元に送ったのって特殊な性癖を持っているという確固たる証拠が欲しかったから?
「その鑑識眼、流石ね。ヴィクターの隊に所属しているから、何があっても彼の味方かと思えば、誰が相手でも容赦なく辛辣で……恐れ入るわ」
「なんたって、私は最高の悪女ですから」
私は満面の笑みをヴィアンに向けた。ヴィアンは私の言葉に目を丸くする。
「何言ってるの?」と口には出さないが、今にも言いそうな表情をしている。全く失礼しちゃうわ。
「仕事があるのでもう行きますね」
「待って」
私が足を進めようとしたのと同時にヴィアンが私に声を掛ける。
「なんですか?」
「……貴女に怖いって気持ちはないの?」
「そんなのあるに決まってるじゃないですか。でも、どんなに恐れを抱いても表に出さない。それが強くなる秘訣でしょ? 王子が一番良く知っているはずですよ」
ヴィアンは少し黙った後、「そうね」と呟いた。
……そう言えば、この王家の名前ってなんて言うのかしら。
ずっと気になっていたんだけど、私がこの国の人間じゃないのがバレるような気がして、誰にも聞けてなかったのよね。
けど、今は私の正体バレちゃったし、教えてもらってもいいわよね!
「あの、最後に王子の苗字を聞いていいですか?」
私の質問にヴィアンは吹き出した。前まで冷血なイメージだったのに、今ではコロコロと表情が変わる。
「今更!? そうよね、スパイは簡単に人に聞けないものね。サンチェスよ。サンチェス・ヴィアン。改めてよろしくね、アリシアお嬢様」
「ええ、よろしく、ヴィヴィアン」
彼の名前を呼ぶと彼女は頬を少し染めて、今まで見たことのない笑みを見せてくれた。思わずその笑顔に釘付けになる。
「これは二人の秘密よ」
彼女はそう言って、人差し指を唇にふわっと当てた。
その仕草があまりに綺麗だった。
マリウス隊長のところへ一刻も早く行かないといけないのに、ヴィアンから目を離せずにいた。




