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「綺麗なわけないじゃない」
ヴィアンはそう言って、手で乱暴に唇を擦る。綺麗な赤が段々霞んでいく。
折角綺麗だったのに……。私の言葉で素直に塗ってくれるなんて思ってもみなかったから、驚いたけど。
「ヴィアンの真っ赤なドレス姿もきっと最高に美しいわね」
「……さっきから何を言ってるの? 私は男よ?」
ヴィアンはそれ以上何も言わない。ただ黙って、私が話すのを待っているように思えた。
どこか希望を抱きながら私を見つめている。
もしかして、ヴィクターとの仲が悪いのってこれが原因だったのかしら?
賢くて強くてカッコいい憧れのお兄様が実はなよなよした女装家だったって知ったのがショックだったのかしら。……ヴィクターの性格ならあり得そうだわ。
「何か言ったらどうなのよ」
ヴィアンの言葉に私は少し考えた後、声を発した。
「王子が男だったからこそ魅力的なんです。中性的な貴方だからこそ女性にはない魅力を出せるの」
「父も弟も私のことを軽蔑したのに……。不思議ね、貴女は人を惹きつける力がある。悔しいわ。ハマったら沼だと分かっているのに、私も弟も貴女にどんどんハマっているんだもの」
ヴィアンはそう言って、どこか嬉しそうに笑う。
なんて可愛らしい人なのかしら。少し前までに見せた殺気を思い出せない。これじゃあ、まるであの殺気が自分を守る為に作り上げられたものだとしか考えられない。
「……私も秘密を教えたんだから、貴女も一つ秘密を教えなさいよ。これじゃあ、アンフェアよ」
不服そうにヴィアンが口を開く。
「私の秘密?」
「そうよ。貴女なんて秘密だらけじゃない。怪しい要素しかないわ。リアって言うのも本当の名前じゃないだろうし」
彼は私をジロジロと見る。私の脳内には悪魔と天使が出てきてそれぞれが囁く。
『騙されてるんだよ、何も言わない方がいいわ!』
『王子の秘密を知ってしまったんだから、一つぐらい教えてもいいんじゃない?』
『それで殺されたらどうするのよ! これは罠なのよ!』
『けど、公平じゃないじゃない』
……天使が強すぎる。それに、ありのままの自分を見せるべきよ、とか言わないあたりが私の天使らしい。
私は覚悟を決めて、ヴィアンを真っ直ぐ見つめる。
「デュルキス国の五大貴族ウィリアムズ家のアリシアです」
ヴィアンは決して私から目を逸らさなかった。彼は少し目を見開いて後、顔が綻ぶ。
「何それ、最高じゃない」
「え?」
「だって、お嬢様じゃない! それなのにこんな状況にいるなんて凄いわよ。ウィリアムズ家の悪い噂も聞いたことないし……一体どんな心境でそんなハイレベルなスキルを身につけようなんて思うわけ!? 貴女のその潜在能力にはドン引いてたのよ。あ! ということは魔法も使えるのね! というか、令嬢なのに片目ないなんて大丈夫なの? まぁ、貴女ならどんな嫌味でも跳ね除けてそうだけど」
とんでもないスピードでヴィアンは話を進めていく。
私に突っ込む隙間も与えない。そんなに一気に色々と聞かれても、何も答えられない。
「スパイって思わないの?」
私の口から出た最初の言葉がこれだった。ヴィアンは少しキョトンとした表情を浮かべ、すぐに豪快に笑った。さっきまでの艶やかな様子を一切感じられない。
「デュルキス国の超ハイスペック令嬢がラヴァール国にいるのよ? スパイ以外考えられないじゃない! でも、良いんじゃない? そんな簡単にラヴァール国はやられないわよ」
ヴィアンは自信に満ち溢れた表情を浮かべてそう答えた。




