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キャザー・リズはエリックの質問に何も答えない。否定もせずに、俯く。
「リズはアリシアが死んでもいいと思っていたのか?」
「……それは思ってないわ。ただ邪魔だと思っていたの。でも、私は皆に魅惑の魔法をかけてなんかないわ」
リズは頼りない声を発する。
さっきまでの威勢はどこかへ消えてしまったようだ。
「自分がちやほやされていたことに気付かなかったの?」
「ここで追い打ちかけるなんてお前も辛辣だな」
メルの言葉にヘンリは苦笑しながら答える。
「今だからこそ追い打ちかけれるんじゃん。何言ってんの」
確かにメルの言っていることは一理ある。この状況になった今だからキャザー・リズを追い詰めることが出来る。
「エリックも私に惹かれていたのは魔法のせいなの?」
「あたりま、ツィッッァ」
メルの足の甲を踏みつけて、彼女の言葉を阻止する。
「ちょっとなにすんのよ!」
「今メルは黙ってて。キャザー・リズはエリックと話してるの」
大きな声の彼女とは違って僕は小さくそう呟く。メルは不服そうな表情を浮かべながら黙り込む。
……僕の方が年上みたいだ。
「俺は……、今のリズに何も感じない」
エリックはバツが悪そうにそう言った。
嘘。魔法が解けちゃった……。
今まで自分に夢中だった人間が一瞬にして自分に冷めていく瞬間を目の当たりにするのは残酷だ。
魅力がないと直接言われたキャザー・リズは涙を堪えながら微かに笑みを浮かべる。
「ねぇ、そんなことないよね? 私、そんなに間違ってた? ねぇ! 何か言ってよ、エリック!」
キャザー・リズの叫びにエリックは何も答えない。
「私はみんなのことを常に思ってたじゃない! アリシアちゃんの意見を全否定したわけじゃない! 一体何がいけないの?」
エリックはキャザー・リズを見据えて、冷静に言葉を発した。
「リズはいつも自分のことしか考えていないな。正直、なんで君に好意を抱いていたのか分からない」
冷たい言葉がキャザー・リズを攻撃し、彼女は自分を見失いそうな様子だ。
ここには誰も彼女の味方がいない。もしキャザー・リズがデュークを好きにならなければ、もっと丸く収まっていたのかもしれない。
「彼女は一体何をしたの? ただ彼女も自分のエゴを私達に押し付けていただけじゃない!」
「アリシアは、君にとっては悪役だったけど、彼女は自分の正義を貫いたのと同時に改革を起こしたんだ」
僕の言葉で彼女はその場に崩れ落ちた。もう反抗する気力もないのだろう。彼女の瞳からとめどなく涙が流れた。
「…………そんなの、分かってるわよ。だから、私は余計に苦しかったの。爪痕を残せないから。ただ人より魔力があるだけ。綺麗で賢くて強くて優しいアリシアちゃんなんて大嫌いよ。……それでも、彼女に憧れずにはいられないのよ」
アリシアに縛られたら苦しい。自分とアリシアを比べた時に自分の未熟さを体感するから。
キャザー・リズは自分を守るために魔法を無意識に使っていたんだ。
「もう疲れたわ。ねぇ、お願い……。誰か私を助けて」
彼女はすがるように言葉を発した。
……ねぇ、アリシア、君ならどうする?