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「君は世界を救いたかったの? それともデュークに振り向いて欲しかったの?」
僕の質問にキャザー・リズは固まる。
ヘンリもデュークも黙って、彼女が発する言葉を待つ。彼女の本音を聞きたい。
恋をしてただデュークに好かれたかったのも、自分の稀有な能力を活かして平和をもたらしたかったのもきっと両方事実だろう。
けど、僕らはエスパーじゃない。人間の心の底に抱えている重荷なんて分からない。
「……私は、欲張りだから、デュークのお嫁さんになって世界を平和にしたかったわ。でもね」
彼女はそこで一呼吸置く。
「デュークが必須だった。彼が王子じゃなくても私は彼に惚れているもの。言い方が悪いけど、私は死ぬほどしんどい思いをしたことがない。平民で生まれ、一生パン屋を営んでいても良かった。自分にこんな特別な能力がなくてもよかった。自分のいた世界が幸せだったからこの世の中に不公平だって感じたことなんてなかったわ」
「じゃあ、どうして世界を平和にしたいなんて思ったの?」
「それが私の役目だと思ったから。聖女である私に課せられた使命だと思った。だから、平等を唱え、貧困村を無くすのがベストだと思ったのよ。でも、実際行動には移さなかった。それほど熱心にこの世界を変えたいなんて本当は思っていなかったのかもね」
淡々と話すキャザー・リズを見て、人間らしさを感じた。
今まで気味悪く感じていたが、少しだけ彼女に近付けた気がする。
「けど、よくよく考えてみれば、私が必死に頑張ってきたのも全部デュークが中心だったのかも。彼に見てもらいたかったから。私は他とは違うって思って欲しかったからかもね……。アリシアちゃんの言う通り、私はこの世の仕組みが全て平等で出来てないことに恩恵を受けていたわ」
「努力する動機なんていうのは不純で良いんだよ。僕もアリシアの為だけに頑張ってるわけだし」
キャザー・リズを少し慰める。
これは彼女の魅惑の魔法をかけられているわけじゃない。本心からそう思った。純粋無垢だけじゃなかった聖女に向けての小さな嬉しさだ。
「私は自分のことだけで精一杯だったの。いつも余裕があって、行動力があって、何よりデュークに好かれているアリシアちゃんが憎かった。だから、私は彼女と正反対であろうと思った。アリシアちゃんは邪魔でしかなかったの。彼女と友達になりたいなんて思ったことはないわよ」
リズはもうどこか諦めた様子で本音を全て吐き出す。自暴自棄になりつつある彼女を僕らは黙って見つめる。
ずっと色々な感情をため込んでいて苦しかったのだろう。聖女は憎しみを表に出さない。嫌な感情を自分の心の中に閉まっておくしかないのだ。
「沢山の人に愛されても肝心の男はちっとも私の方を見ないし、アリシアちゃんは死んだなんて言われるし! 私は平凡なパン屋の娘よ! 貴族の世界なんて全く知らなかったの。誰もルールなんて教えてくれない!」
「リズ、すまなかった」
デュークの落ち着いた声にキャザー・リズは再び瞳に涙を浮かべる。
「貴方には一番謝ってほしくないわよ」
彼女の震えた声が静かに部屋に響いた。




