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「みわく?」
キャザー・リズが目を見開いて、そう呟く。
「人間をたらしこむ最強の魔法だよ。皆がキャザー・リズを愛するようになる」
僕は簡潔に彼女に説明する。彼女は僕が嘘を言っているという表情を浮かべる。
「私、そんな魔法を使っていないわ。実際貴方達に効いていないじゃない」
「僕らはアリシアよりだからね。魔力が強くて信念のある人間には効かない。もし全員が君の魔法にかかったら、独裁政治になっちゃうよ」
「そんなのありえないわ。エリックともちゃんとお互いを知って、仲良くなったのよ」
「けど、エリックが君に向ける愛と君がエリックに向ける愛は違う。それくらいは気付いているだろ」
僕は冷たくそう言い放つ。
キャザー・リズは僕の言葉に少し戸惑いつつも反論しようと必死だ。
「もしそんな魔法があるなら、私が本当に振り向いて欲しい相手に効くものじゃないの?」
「どういうこと?」
僕がそう言うと、彼女は僕から視線を外し、デュークの方を向く。
「どうしてデュークは私を好きにならないの? 私の想いが強いのなら、魅惑の魔法かなにかしらないけど、そんなくだらない魔法があるなら、貴方にかかって欲しいわ! どうして私はデュークの視界にすら入らないの?」
キャザー・リズが珍しく声を上げる。こんな彼女初めて見た。
僕の話をちゃんと聞いてたのかな。デュークの魔力はほぼ国一番でかつ彼はアリシアが大好きなんだよ。
……まぁ、今のキャザー・リズに僕の話なんて通じないだろう。彼女は女の表情をしている。
「私はずっとデュークが好きなの……」
彼女の声が急に弱々しくなる。呑気にエリックが寝ている間にかなり話が進みそうだ。
「すまない」
デュークがそう言うと、キャザー・リズの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「アリシアちゃんが貴方を想う気持ちより、私の方がデュークを想っているわ。……ねぇ、もしアリシアちゃんより私の方が先に出会っていたら私を好きになってくれた?」
彼女の言葉にデュークは少し間を置いてから、言葉を発する。
「それでも俺はアリシアを好きになっていた」
彼の言葉にキャザー・リズは「そう」と寂しそうに笑う。その表情を見ていると、僕の心も少し悲しくなった。
もしかしたら、悪者はいないのかもしれない。だからこそ、僕らはキャザー・リズを悪者にしたいのかもしれない。
僕はアリシアを信じて疑わないけど、エリック達もキャザー・リズを信じて疑わない。
この世界が平和になることは良いことだ。
派閥が生まれ、睨みあう。互いの正義を貫こうとするからだ。それを上手く融合させれば、争いは起きない。
理想を語る少女と現実を見る少女。後者の方が圧倒的に負担が多い。問題を解決するのは後者の方だから。……でも、理想を語る少女に問題解決能力が備わったら無敵だ。
アリシアはこの国にいる間、キャザー・リズにそれを気付かせる為にずっと頑張ってきた。
けど、キャザー・リズは国の上に立ちたいなんて微塵も思っていなかったのかも知れない。偶然備わっていた能力が貴重で最強であった。それだけなのかもしれない。
彼女は普通の女の子で、恋をしているだけ。
僕らが知らない間に聖女に圧力をかけていた。僕達だけじゃない。国が彼女に期待した。
平民の何も知らなかった女の子に……。