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こんなところで死ぬわけにはいかない。悪女はいつだって窮地から抜け出すのよ!
私は朦朧としてくる意識の中で、気を引き締めて、思い切り足を上げた。そのまま足をヴィアンの腕に絡ませ、体ごとねじる。
ヴィアンは体勢を崩し、それと同時に私の首を絞める力が緩くなる。その瞬間を決して逃さない。
絶対に私を弱い女だなんて思わせない。
私は全力で体をねじり彼の手から首を離し、宙返りで地面につく。
思い切り息を吸い込み、空気を体内に取り入れる。
ヒューヒューと奇妙な呼吸になるが、なんとか彼の手から逃れたことに安堵する。
この男、本気で私の首を絞めていたわ……。私を殺したいの?
「残念、ね。わたしを……消すなんて、出来ない、わよ」
私は息を切らしながら、彼を睨む。ヴィアンは目を見開いて私を見つめたまま動かない。
これ以上何も言う気力はなく、私は首をおさえながら必死に呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる。
暫くした後、ヴィアンは部屋中に響くぐらいの大きな声で笑い始めた。
……え、サイコパスなのかしら? 情緒不安定な人って関わりたくないわ。
どうして、彼のこと大人っぽくてまともだなんて思ったのかしら。笑い方なんてヴィクターにそっくりじゃない。
「まさかそうやって抜けるとはなぁ」
ヴィアンは盛大に笑い終えた後、感心するようにそう言った。
「本当に、私を殺すつもりだったの?」
なんとか普通に話せるようになってきた。私の言葉に「まさか」と彼は含みある笑顔を向ける。
気持ち悪い王子様ね……。この辺は本当にヴィクターと大違いだわ。
彼は私の方に近付いてきて、私の許可など得ず、思い切り目を覆っている布をはがした。その瞬間一気に視界がクリアになる。
やっぱりこっちの方が圧倒的に見やすいわ。私はキラキラした色気のある第一王子をまじまじと見つめる。
「……本当に片目が」
「だからないって言ったでしょ」
第一王子なんて関係ないわ。無理やり瞳を見られたんだもの。敬語なんて使わない。
「黄金の瞳か……、実に美しいな」
彼は私から決して目を逸らさない。
「満足?」
「綺麗な女だな」
私の声が届いていないみたい。……というか、その顔に言われてもね。私、貴方みたいにキラキラオーラを放っていないもの。
片目がないのに、それでも私は彼の瞳に綺麗に映っているのは光栄だけど。
「この容姿にその身体能力と素晴らしい仕事スキル、皇后にふさわしい素質」
「皇后ですって? いつラヴァール国が帝国になったのよ」
「じきに帝国になる」
……ヴィアンは一体何を考えているの?
この世界を征服出来るとでも思っているのかしら。この乙女ゲームの主軸はデュルキス国よ?
…………もしかして、私がこの国に追放されたから?
デューク様が私に惚れた時点で、とっくにシナリオ通りじゃないわ。私が嫌われ者になったのと、リズさんが人気者だからずっと上手くいっているんだと思っていたけど、そうじゃない。
もう私の知っているエンディングにはならない。