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「あの、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
ヴィアンは不思議そうに私を見る。
「前の世話係はどうなったのですか?」
「急に辞めたんだ。理由は知らない」
……ヴィクターが手を回したのかしら。彼ならやりそうだわ。
「そうですか……。本日から僕がお仕えいたします。よろしくお願いします」
私はそう言って、お辞儀する。
ヴィクターの前では出来なかった分、彼の前だけでも礼儀正しくいておこう。
「お前はあの時ライオンと戦った子だろう。目が見えないのによく頑張ったな」
そう言えば、第一王子も闘技場で王の隣にいたわね。なんて美形兄弟って思ったのを覚えているわ。
「ありがとうございます。そのようなお言葉を頂けて大変光栄です」
私がそう言うと、ヴィアンはきょとんとした表情を浮かべた。
……あれ? 私、なにかおかしなこと言ったかしら。失礼な言動は今の所していないはず。
「あの、何か?」
私の言葉にヴィアンはハッとする。そして、またさっきの優しい表情で笑みを浮かべた。
「あの闘技場の時と随分と印象が違って……。それに、君はヴィクターの遠征メンバーに選ばれたんだよね?」
どこまで知ってるのかしらこの王子……。今はその笑みが少し恐いわよ。
ゆっくりとヴィアンが私の方に近付いてくる。品のある歩き方に王族の威厳を感じる。全てがヴィクターと正反対だ。
「そんなに緊張することはない」
前の世話係は本当にヴィクターの手によっていなくなったのかしら。もしかしたら……。
「もっと楽にしてくれていいぞ」
私の顔をまじまじと見つめる。近づいてきて分かったが、彼はヴィクターよりもかなり背が高い。トップモデル並みだ。
私がヴィクターの元で働いているのを知っていたのなら、私が彼によってここに送り込まれたことは察しているはず……。
暑くもないのに額から一粒の汗が流れ落ちる。妙な緊迫感と不気味さに押しつぶされそう。
これならヴィクターと初めて会った時の空気の方が好きだわ。あのうるささが今は懐かしいもの。
「華奢な体に男性にしては高い声、女のような甘い匂い」
私に触れることなく彼は少し低い声で言葉を発する。
……早くない!?
ここに関してはヴィクターと同じなのね。すぐに女だとバレるわ。ヴィクターは騙せたとしても、彼は絶対に無理だと本能が言っている。あの弟にしてこの兄ありって感じね。
やっぱり第一王子の方が一枚上手なのかしら。
隠しても無駄だろうし、キャラを作っていることもバレているし、もういいかしら。
「私が女だと何か問題でも?」
「本性を現すのが随分と早いな。もう少し礼儀ある少年でいてもかまわないぞ」
面白くなさそうにヴィアンが呟く。
「どうせバレているのに私だけ必死に演技していたら滑稽じゃないですか」
「確かにそれもそうだ。……それにしても、こんなに肝が据わった女性は久しぶりだ。さっきも随分と圧をかけたが怯えて震えることもなかった」
やっぱり、圧をかけられていたのね。
「私のことを女性だとよく認識できましたね」
「君は我々王族を馬鹿にしているだろう」
「いえ、ただ私の男装は完璧だと自負していたので……。まさかこんなに簡単に気付かれるなんて」
「なかなか上手な男装だ」
彼は感心するようにそう言ったが、何の励ましにもならない。
はぁ、と心の中でため息をつく。
私、これから彼の元でやっていけるのかしら……。




