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私はヴィクターに言われるがまま彼の後ろをただついて行く。
……もしかして、もうマディ採取の旅の準備が整ったとか? いや、そんなにすぐに出来るわけないわよね。
けど、今の私に対して頼むことってそれぐらいしかないわよね?
「ここに入れ」
彼が突然立ち止り、私の何倍あるか分からない厳重な扉を親指で差した。唐突な言葉に私は、え、と言葉を漏らす。
何この怪しい仕事。前世の世界だと即警察沙汰よ。せめて何をするかぐらい教えて欲しいわ。
「私一人でですか?」
「ああ。……もしかして怖いのか?」
「そんなわけないわ! むしろ楽しみよ!」
馬鹿げた挑発にまんまと乗ってしまう私って……。ああ、もう! こうなったら絶対にこの仕事成功させてみせるわよ。
なんたって私は悪女なのよ。出来ないことなんてないわ。
スゥッと息を吸い込んで深呼吸する。心は決まった。ヴィクターは私の様子を見て、扉を開ける。
私が一歩踏み出そうとした瞬間、お尻に衝撃が走り、そのまま前に倒れ込んだ。
一瞬何が起きたか理解できないでいた。ヴィクターの方を振り向き、思い切り睨む。
「それじゃあ、頑張れ」
彼はニヤッと笑って、バタンと扉を閉めた。
嘘でしょ。なんて王子なの。仮にも私がレディだと知っていて、後ろから蹴りを入れるなんて……。
彼にデリカシーがないのは知っていたけど!
「誰だ?」
中性的だが、男性だと分かる声が聞こえる。私は反射的に立ち上がる。
これはどうすべきなのかしら? 今逃げたら王子に馬鹿にされるし、第二王子に無理やり連れて来られましたって言うのもおかしいし……。
「もしかして新しい世話係か?」
そう言って、奥の方から髪の長い金髪の男性が現れた。髪はハーフアップにまとめられて、綺麗な顔がよく見える。太陽の光に反射してキラキラと眩しい黄緑色の瞳……。
どうして、第一王子のところに送られたの?
もしかして私にスパイになれとか? ……ああ、もう! もう少し説明してよ! あの馬鹿王子!
「お前、名は?」
私が何も言わないでいると、彼は優しく笑ってそう聞いた。
ヴィクターより朗らかそう。あの気性の荒い弟を持つ兄とは思えないわ。
「リアと申します」
「リア、よろしく。私はラヴァール国第一王子ヴィアンだ」
彼は落ち着いた声を発する。
ノックもせずにいきなり部屋に入ってきたから、「無礼者!」なんて言われて怒鳴られるのを覚悟してきたのに……。
こんなに穏やかなお兄様なのに、どうしてヴィクターはあんなに嫌っているのかしら。やっぱり王の座が関係してくると兄弟仲が悪くなってしまうとか?
けど、優しそうに見えて腹黒って可能性も充分あるから気をつけないとね……。




