306 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
「な、んで?」
目を開くと、目の前にはヴィクターの寝顔があった。
……私、彼の部屋に来た覚えないんだけど。
柔らかい高級ベッドに横になりながら朝から頭をフル回転させる。ヴィクターの顔に長い睫毛が陽光に照らされ影が出来ている。
なんてコスパの良い顔なのかしら。天然でこんな美形とか恨まれそうだわ。
「何じろじろ見てるんだ」
私がヴィクターの顔をガン見していると、彼は目を瞑りながら口を開いた。
「え? 起きてるの?」
「そりゃ、そんな視線感じたら嫌でも起きるだろ」
彼は鬱陶しそうに瞼を開ける。黄緑色の瞳が朝から眩しい。
…………いろんな王子たぶらかしてるって噂流れそうだわ。
というか、今日から普通に訓練!! 遅刻したら、また腕立て伏せさせられるかもしれないわ。
私は勢いよく起き上がり、ベッドから離れる。ヴィクターはそんな私の様子を不思議そうに見つめる。
「どこに行くんだ?」
「訓練です」
「……本当にお前は自分を甘やかさないな」
感心した口調でヴィクターは呟く。
甘やかさないって言ってもこれぐらい当たり前じゃないのかしら。一日でも訓練を怠るわけにはいかないもの。理想から遠ざかっていくわ。
「だらだらしていても何も身につかないので」
私はヴィクターに笑顔を向けた後、軽くお辞儀をしてその場から去った。
部屋から出て私は小さくため息をつく。
本当にこれだけはデューク様の耳に入れないようにしておきましょ。
昨日どうやってあの部屋に行ったのか分からないけれど、きっとおじい様達のせいよね?
これからは彼らの前で寝落ちしないでおこう。またヴィクターの寝室に連れていかれる。
私の正体を知ったらどんな反応をするのかしら……。
いや、私がウィリアムズ・アリシアと知っても、外交の為にヴィクターと結婚させられそうだわ。彼らならやりかねない。
これからはもっと気を引き締めないとね。マディの旅のこともあるんだもの。
私はそんなことを思いながら訓練場へと急ぎ足で向かった。
「後数秒で遅刻だったぞ」
私が到着したのと同時にマリウス隊長が私を見下ろしながらそう言った。
階段を使わないで、二階から一階に飛び降りて良かったわ。周りの使用人達に見られたけど……。
「次からはもっと早めに行動します」
私は顔を上げてマリウス隊長を見ながらそう言った。
「いい心がけだ」
マリウス隊長はそれだけ言うと、私達に筋トレを命じる。全員が一斉に彼の言葉に従う。まずはうつ伏せで、手から肘を地面につけて体幹を鍛える。
お腹に力を入れて、腹筋を意識する。グラグラとふらつかないように集中する。
軍隊は誰か一人でも怠惰な者が現れると士気が下がる。マリウス隊長はそれが嫌いだ。
本来なら私ももっと怒られていただろうけど、あんな遠征の後だから少し大目に見てくれたのかも……。