299 ジル十二歳
「俺の顔に何かついているか?」
デュークの言葉でハッと我に返る。不思議そうな表情を浮かべながら僕を見ている。
昨日のアーノルドとジョアンの会話を聞いてから薔薇の話が頭から離れず、知らない間にデュークのことをじっと見ていたようだ。
「ううん、なんでも」
僕はすぐさまそう答えた。
「もしかして、デュークに惚れちゃったの~?」
茶化すようにメルがニヤニヤしながら僕の方を見る。
僕は黙って彼女を睨む。メルは「うわぁ、こんな可愛い女の子にそんな表情する!?」と声を発していたが、無視する。
旧図書室で僕らはキャザー・リズの動きについて話し合っていた。僕は彼女と話した内容は詳しく話していない。
言ってもいいのだろうけど、プライバシーは守らないといけない気がする。それがたとえキャザー・リズでも。
彼女の恋心や嫉妬心をわざわざ伝えなくてもいいような気がするし。
「今日のリズ超鬱陶しかったよね!!」
メルがどこから取り出したか分からない棒キャンディーを舐めながらそう言った。
「何かあったのか?」
「デュークに近付こうと必死なの! こっちは嫌がってるんだから察しろって!」
ヘンリの言葉にメルが即答する。
メルは仮にも貴族なのに一体どこでそんな言葉づかいを覚えたんだろう。
「具体的に何されたの?」
僕はメルに聞かず、デュークに視線を向けて聞いた。デュークは相当キャザー・リズの行動に参っているのか、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「なんだか前よりも行動が酷くなっているんだ。四六時中俺に話しかけてくるし、何度断っても二人でランチしようって誘われるし、レベル100に到達した者が受ける特別授業の時が一番疲れる」
不思議だ。一般的に見たら失恋しても決して挫けない前向きな子のはずなのに、キャザー・リズだからってこんなに鬱陶しく感じるとは……。
「空回りだなぁ」
ヘンリが苦笑しながらそう呟く。
「それにリズは周りを固めるの!」
「どういうこと?」
「生徒達もリズの恋を応援したいのか、デュークにリズはいかにいい子で凄い人物なのかってことを言ってくるんだ。今日だけでかなりの人数がデュークの所に寄ってきたぞ」
メルの代わりにヘンリが答えてくれた。
「なにそれ、超迷惑じゃん」
「リズ様はとっても慈悲深くて~、考え方も聡明で~、外見だけでなく心もとっても美しくて~、彼女に何度救われたことかッ!」
メルはリズ信者達のモノマネをする。
うわぁ、なんて分かりやすいモノマネなんだろう。一瞬で状況が想像できる。
「表面だけの薄っぺらい信念なんて願い下げだよッ! ね!!」
メルは強い眼差しで僕の方に同意を求めてきた。その迫力に負けて大きく頷く。
「これから毎日あれが続くと思うと地獄だな」
ヘンリはデュークの気持ちを察するようにそう言った。




