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「伝染病を終息させたいですか?」
私はヴィクターの方を振り向きながらそう言った。
「当たり前だ。もうすでに多くの犠牲者が出ている。……何か解決策があるのか?」
「あるにはありますが、私がただで教えるとでも?」
交渉する時は少しでも相手より有利な立場に立っておきたい。
ヴィクターは顔をしかめながら言葉を発する。
「何が望みなんだ? 宝石か? 金貨か?」
「王子って案外馬鹿なんですね」
「馬鹿だと?」
鋭い目を私に容赦なく向けてくる。私が女の子だってこと忘れていない?
「さっきから休暇が欲しいって言っているじゃないですか。あと追加で第一王子に会わせて下さい」
私は満面の笑みでそう言った。
ヴィクターからあんなに毛嫌いされている第一王子に是非会ってみたいもの。今彼に会える伝手はヴィクターしかいない。
どんなに第一王子の話が持ち出されるのが嫌だとしても、この条件は飲んでもらわないと……。
「本当に懲りないな。俺があいつのこと嫌いなのは百も承知だろ」
「交渉に私情を挟まないで下さい。メリットデメリットだけを論理的に考えて行動するのが王になるためには必要では?」
私もよくヴィクターに煽られるもの。これくらいの仕返しはしてもいいわよね。
「はぁ、俺もこのクソガキの提案に乗せられるぐらい落ちぶれたのか」
「言い方! 私の方が上手だったってことですよ」
「納得いかねえけど、その条件を受け入れるしかなさそうだな」
「話が早くて助かります。休暇は一週間に一回です」
「は!?」
ヴィクターは目を見開いて声を上げる。
今までの私の働きを考えたら余裕で労働法ガン無視じゃない。週に一度の休みは必須よ。
それに遠征でボーナスをもらってもいいぐらいだわ。私がラヴァール国の現状を確認するために来たんじゃなかったら、訴えているわよ。
「ということで交渉成立ですね!」
「おい、おかしいだろ」
「何がですか? 私がここを脱走するよりましでしょ? 言っておくけど、脱走なんて朝飯前なんだから」
「脱走したら第一王子に会えない上に、あのじじい達の教育を受けられなくなるぞ」
ヴィクターは冷静な様子でそう言い始めた。
確かに、それはそうだわ。私もこの城を追い出されるのは困る。……交渉ミスだわ。
最初に週に二日の休暇って言っておけば、一日で妥協出来たのに。
「けど、考えてみてください。私は斑点病患者を全員救えるんですよ?」
「……そんな自信は一体どこから来るんだ」
「自信はいつか信念になり、信念は実現させるものです」
私はヴィクターを射貫くように見つめた。
「どうしてお前は他国の為にそこまでやるんだ? 英雄になりたいのか?」
「何を言っているんですか?」
私はヴィクターを馬鹿にするような目で見つめる。彼は私がまさかそんな表情をすると思わなかったのか、少し困惑した顔を浮かべる。
「私、ヒーロー不適合者で有名なはずなんですけど」
「そんな話聞いたことねえよ」
即座にヴィクターがツッコミを入れる。
「よく考えてみてください。私みたいな性悪が皆を救った後に彼らを利用しないわけないでしょ?」
「はぁ? もう俺にはお前が分かんねえ。……いや、まぁ、とりあえず話を続けろ」
ヴィクターは私を理解することを諦めたように見えた。
「マディの花を一つだけ手に入れることが出来れば、斑点病患者を全員完治させることは可能です」
「ああ。それを人はヒーローと呼ぶんだが」
ヴィクターの戸惑った様子を見るのはなんだか新鮮ね。
「その後です。皆きっと私に感謝するでしょ? それを狙うの!」
「何をするんだ?」
「元気になった彼らには今より働いて貰って課税を重くするのよ」
私は口角を上げて悪女の表情を作りながらそう言った。




