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「それにしても、案外すんなり受け入れているんだな」
「何がですか?」
急な王子の言葉に私は首を傾げる。
どうして主語と目的語を入れずに話を突然始めるのかしら。王子だからって何を言っても意思を汲み取ってもらえると思ったら大間違いよ。
「マディの存在を平民に知らせていないことを怒るのかと思った。貴族だけ優遇されるべきじゃないって」
「……ラヴァール国は貧富の格差が大きいですか?」
私の突然の質問に王子は固まる。そんな彼から視線を外し、話を続ける。
「この国の貧富の差を直接確認していないから何も言えないけど、闘技場が開かれるくらいだもの。国外追放された身や罪人の命はないに等しい。それに本の知識だけど、ラヴァール国は奴隷市場も存在しているわよね?」
「奴隷市場はほとんど潰したが、闇市では残っているところもある」
ラヴァール国の情報を知る情報屋としては王子が結構適役かもしれないわね。
「商人の家の者は裕福かもしれない。だから、マディの存在を知って大金を出して買う人も現れるかもしれないわ。けど、他の平民たちは? 階層というものは必ずピラミッド型」
「ピラミッド?」
あ、そうだわ。エジプトがないんだもの。ピラミッドは存在しないわよね。
「三角形の形ってこと。上が富裕層で下が貧困層。こればかりは覆ることは絶対にない。これを考えると、平民には変に希望を与えないのも一つの救いかもしれないわ」
希望を与えないなんて、とっても悪女っぽい発言じゃないかしら!
私の呟きに彼が目を見開く。
あら、もしかして、私に聖女のような言葉を期待していたのかしら。悪いわね、私は根っからの悪女なの。
「そんな考え方をしたことはなかったな。……確かに、手に入れることが出来ないのに、希望を与えても苦しいだけだ。マディを手に入れようと破産し、斑点病感染者一人の為に一家が潰れる可能性も大いにある。今よりももっと不幸の度合いが広がる」
「それ以外にも治安が悪化し、暴動が起これば王子の身の危険度も高くなります」
とかいいつつ、私は貴族優遇制度が好きではない。やっぱり実力主義が一番だわ。
世襲制度なんてやめて、年に一度貴族資格獲得みたいな試験を実施すればいいのに……。
勿論、貴族にも受けさせて、落ちた人間は貴族失格にすればいい。
でも、ここはラヴァール国だもの。変に口出しは出来ないわ。郷に入っては郷に従うしかない。
「ガキのくせに冴えてんな」
「ガキは余計です。がっかりしましたか? 微かな希望でも与えるべきだと、声を上げた方が良かったですか?」
そんなことは絶対に言わないけど。
「いや、そんな薄っぺらい綺麗事を言っていたら俺はお前に幻滅してたかもな」
ヴィクターはそう言って、小さく笑った。
笑った美形ってどうしてこうもキラキラしているのかしら。性格は置いておいて、容姿は完璧ね。
「知らないことも時に幸せなのよね。……まぁ、上に立つ者は誰もが嫌がるところにも向き合い、解決しないといけないけれど。だから、貴族、王族だからって甘ったれてる人間は一度地獄を見ればいいのよ。何のためにその地位があるのかよく考えるべきだわ」
ぼんやりとヴィクターの部屋の窓から見える広大な景色を眺めながら、自分の思いを吐き出した。
王子の前で「王族は地獄を見ればいい」って言うなんて、もう私ったら最高の悪女だわ!




