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ラヴァール国で流行っている伝染病……。
「斑点病ですか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり斑点病の原因はデイゴン川なんですか?」
昔、魔法学園の授業でジルが答えていた。斑点病を治す薬はマディという花。
けど、それが一年に数本しか取れないから問題なのよね。全部上級貴族が持っていくんだもの。そりゃ、伝染病もそう簡単に終息しないわ。
「詳しいな。デイゴン川にある菌が原因で間違いないだろうが、まだ確かな原因は分からない。それにしてもそんな情報どこで手に入れたんだ?」
「少しだけ勉強していたので」
「少し、か。じゃあ、マディの存在も知っているのか?」
「はい。高い崖に咲く花ですよね?」
ヴィクターは目を逸らさず私の瞳をじっと見つめる。
「いいか、この国ではマディの存在は貴族しか知らないんだ。平民は斑点病にかかれば死ぬと思っている。解毒剤などはなく、ただ隔離されて苦しむしかないんだ」
彼に私が普通の平民でないことはもう見抜かれている。
「……王子は私の正体をどこまで知っているんですか?」
私の質問に彼は一呼吸おいてから答えた。
「ただのクソガキってことしか知らねえよ」
そんなわけないでしょ……。もしかして、気を遣ってそう言ってくれたのかしら。
「俺がお前に興味あるなんて勘違いするなよ」
前言撤回。この王子に気を遣うなんてことは不可能だわ。
「これから発言には気を付けます」
「ああ。変に他の奴らに目をつけられても面倒だからな」
彼はそう言って、自分の部屋の扉を開けた。
さりげなく部屋に誘導されている。……けど、ずっと部屋の前で伝染病の話をしているのも変よね。
私は彼に従い部屋の中へ入った。前に初めてヴィクターと会った部屋とは違う。
余計なものはなく、広い部屋にベッドがあるだけ。なんて存在感のあるベッドなのかしら……。
大きな窓ガラスからとてつもない太陽光が差し込んでいる。
結婚前の令嬢が男性の寝室に入るってモラル的に大丈夫かしら……。まぁ、女として見られていないからいいわよね!
「今日からお前はここで寝ろ」
「この床のふかふか絨毯で寝れそうです」
「普通の、平民ならこのベッドを見て大喜びだぞ」
やけに「普通の」だけを強調して言われたような気がする。私に普通の反応を求めているの?
ここで生き抜くためになら徹底的に国外追放少年を演じないといけないってことかしら。
「ワー! ナンテリッパ! ゴージャスでビューティフル!」
私は両手を胸元に置きながら感動するようにして部屋を見渡す。
……自分でも引くぐらいの大根芝居だわ。こういう演技は無理なのよね。
「目が死んでるぞ」
「布で見えないじゃないですか」
「それでも分かる」
あら、もしかして私同様王子も目が良いのかしら。




